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同じ尺度で  作者: 普通
13/13

最終章 同じ尺度

 その連絡は、業務連絡として届いた。


 件名も、

 文面も、

 短い。


 「近況のご報告です」


     *


 切った相手だった。


 名前を見て、

 指が一瞬だけ止まる。


 それでも、

 開いた。


     *


 内容は、驚くほど普通だった。


 異動先の話。

 新しい業務。

 覚えることが多いという愚痴。


 最後に、

 こう書いてあった。


 「今は、少し楽です」


     *


 それだけ。


 責めも、

 皮肉も、

 感情もない。


     *


 私は、画面を見たまま動けなくなる。


 楽。


 その言葉が、

 胸の奥で反響する。


     *


 私は、

 あの人を切った。


 正しい判断だった。

 結果も出た。

 周囲も納得している。


 残った人たちは、

 確かに楽になった。


     *


 そして――

 切られた本人も、

 楽になっている。


     *


 完璧だった。


 誰も損をしていない。


     *


 それなのに。


 私は、

 返信を書けなかった。


     *


 「よかったです」


 それを書くだけでいい。


 事実だし、

 嘘でもない。


     *


 でも、

 その言葉は、

 喉の奥で止まった。


     *


 もし、

 あの時。


 私が、

 もっと早く、

 もっと簡単に切られていたら。


 私は、

 どうなっていただろう。


     *


 たぶん、

 同じことを書いていた。


 「今は、少し楽です」


     *


 それは、

 敗北でも、

 救済でもない。


 ただの、

 配置換えだ。


     *


 私は、

 ようやく気づく。


 嫌っていたのは、

 あの人じゃない。


 その尺度だった。


 人を、

 速さと結果で並べる、

 その基準。


     *


 でも。


 私は今、

 その尺度の中で、

 一番うまく立っている。


     *


 立ててしまっている。


     *


 だから、

 もう、

 抜けられない。


     *


 私は、

 返信欄を閉じる。


 送らない。


 送る言葉が、

 ないからじゃない。


     *


 どんな言葉も、同じ尺度の中でしか出てこない

 と、分かってしまったからだ。


     *


 デスクの周りは、

 静かだ。


 誰も困っていない。

 誰も声を上げていない。


     *


 私は、

 今日も判断を下す。


 迷いはない。


 嫌われてもいい。


 正しさは、

 ここにある。


     *


 ――そう信じられるように、

 なってしまった。


     *


 それが、

 私が一番、

 嫌っていた生き方だ。


     *


 でも今、

 私は、

 その尺度の中で、

 呼吸している。


     *


 息苦しさを、

 感じないほどに。

この物語は、

「間違った人」を描きたかったわけではありません。


正しい判断を、正しい速度で、

正しい理由で重ねた先に、

それでも残る違和感を書きました。


もし途中で、

主人公を少しでも「理解できてしまった」なら、

それがこの物語の終点です。

ありがとうございました。

感想をいただけるとありがたいです。

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