第12章 理解
それは、偶然だった。
書類の確認中、
古いフォルダを開いた。
残っていたのは、
引き継ぎ用のメモ。
整理されていない。
日付も、形式もまちまち。
でも、目が止まった。
*
判断基準。
優先順位。
切り替え条件。
どれも、
今の私が使っているものと、
ほとんど同じだった。
*
「あ……」
声は出なかった。
ただ、
視線だけが止まる。
*
昔、嫌っていた。
冷たい。
話を聞かない。
数字しか見ていない。
そう思っていた。
*
でも、このメモは違う。
感情を排した書き方。
余白のない文章。
それは、
考え抜いた痕跡だった。
*
「全部、分かった上で……」
小さく、息を吐く。
分かった上で、
切っていた。
迷った上で、
選んでいた。
*
だから、
説明しなかった。
説明しても、
受け取れない側がいることを、
知っていた。
*
私は、椅子にもたれた。
画面から目を離す。
あの時。
自分が感じていたのは、
不当さじゃなかった。
理解できない速度への、
苛立ちだった。
*
追いつけなかった。
ただ、それだけ。
*
今なら分かる。
判断は、
感情より先にある。
そして、
感情を待っていたら、
全てが遅れる。
*
「……正しかったんだ」
そう思った瞬間、
胸の奥が、
ひどく静かになった。
*
怒りも、
恨みも、
否定も。
全部、
意味を失った。
*
残ったのは、
同意だった。
*
その理解は、
救いじゃない。
許しでもない。
ただの、
事実の確認だ。
*
私は、
画面を閉じた。
フォルダを、
元に戻す。
誰にも言わない。
言う必要がない。
*
昼休み、
後輩が言った。
「判断、的確ですよね」
「前の人より、分かりやすいです」
私は、
少しだけ間を置いて、
こう答えた。
「そうかな」
「はい。迷いがないです」
*
迷いがない。
それは、
かつて自分が嫌っていた点だ。
*
私は、
その言葉を否定しなかった。
*
午後、
別の判断を下す。
同じ基準。
同じ速度。
胸は、
何も痛まない。
*
分かってしまったからだ。
あの人が、
何を見ていたのか。
なぜ、
立ち止まらなかったのか。
*
そして、
なぜ――
誰にも、
理解されなかったのか。
*
私は、
同じ場所に立っている。
同じ景色を見て、
同じ判断をしている。
*
違うのは、
ただ一つ。
今度は、
私が嫌われる側だ。
*
その事実を、
受け入れる準備が、
もう、できていた。
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