第11章 空いた席
翌朝、フロアは静かだった。
いつもと同じ時間。
同じ照明。
同じ空気。
ただ、一つだけ違う。
角の席が、空いている。
*
誰も、そのことに触れなかった。
雑談も、挨拶も、
普段通り。
私は自席に座り、
立ち上げた画面を確認する。
予定は詰まっている。
作業も多い。
空いた席は、
業務の邪魔にならない。
*
午前中の打ち合わせは、
驚くほどスムーズだった。
確認が早い。
決定が早い。
誰も「ちょっと待ってください」と言わない。
私は、時計を見る。
予定より、十分早い。
*
「……正直、助かりました」
昼前、隣の席の同僚が、
小さな声で言った。
私は、キーボードから手を離さず、
「そう?」とだけ返す。
「前、あの人の確認待ちで」
「結構、詰まってたじゃないですか」
同僚は、言葉を選んでいる。
慎重に。
でも、どこか軽い。
*
「今は、進みますね」
それは、事実だった。
私は、頷く。
「うん」
それ以上、何も言わない。
言わなくていい。
*
午後、別のメンバーが言った。
「判断、早くなりましたよね」
「前より、やりやすいです」
評価だ。
でも、褒めているつもりはない。
ただの報告。
*
私は、
「ありがとう」
と答えた。
それで終わり。
*
夕方、進捗確認。
遅れはない。
修正も少ない。
数字は、静かに整っている。
私は、
「問題なし」
と入力する。
*
定時が近づく。
席を立つ人が増える。
空いた席は、
やっぱり誰も見ない。
荷物も、
もう置いていない。
*
「雰囲気、よくなりましたよね」
帰り際、
後輩が言った。
何気ない声。
私は、少しだけ考えてから、
「そうかもね」
と返す。
*
その言葉は、
否定できなかった。
実際、
空気は軽い。
衝突も、
停滞も、
説明も減った。
*
デスクを片付けながら、
私は一度だけ、
空いた席を見る。
そこに誰が座っていたかを、
思い出そうとする。
でも、名前がすぐに出てこない。
*
思い出せないことに、
驚かなかった。
それより、
仕事が終わった安心感のほうが大きい。
*
帰り道、
スマホを確認する。
新しい連絡は、ない。
問題も、起きていない。
*
私は歩きながら、
こう思う。
――これは、正しい判断だった。
誰も困っていない。
誰も声を上げていない。
残った人たちは、
少し楽になった。
*
その中に、
私も含まれていることを、
否定できなかった。
だからこそ、
それ以上、考えなかった。
考える理由が、
もう、見つからなかった。
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