ただいま
神殿の空気は、相変わらず冷たかった。
白い柱、静かな灯り、そして――動かないまま横たわるエルミア。
ノジュアスはその前に立ち、深く息を吐く。
「……戻ってきたぞ」
その声に応える者はいない。背後から、かすかな足音がした。
「……ノジュアス?」
震えた声。
振り返ると、そこにいたのは銀髪の少女リムリアだった。
いつもなら無邪気に笑うはずの彼女は、今は目を見開き、信じられないものを見るように立ち尽くしている。
次の瞬間。
「……ばか……!!」
リムリアは駆け出し、そのままノジュアスの胸に飛び込んだ。
どんっ、と鈍い音。
魔王の力を持つ身体でも、その衝撃は確かに“痛み”として伝わった。
「どこ行ってたの……!!
急に消えて……時空が閉じて……
もう……戻ってこないかと思った……!」
声が、震えている。
リムリアの肩が小刻みに揺れていた。
ノジュアスは少し戸惑ってから、そっと彼女の背中に手を回す。
「……悪い。ちょっと……迷子になってた」
「迷子で済む話じゃないよ……!」
リムリアは顔を上げ、涙で潤んだ青い瞳でノジュアスを睨んだ。
「君、魔王なんだよ?
世界のバランスを壊しかけたんだよ……?」
ノジュアスは小さく笑った。
「それでも……戻ってきた。約束、まだ果たしてないからな」
その視線は、自然とエルミアへ向かう。
リムリアも、静かにエルミアを見る。
「……魂は、まだここにある」
ノジュアス
「……本当か?」
リムリア
「うん。でもね……」
一瞬、言葉を詰まらせてから続ける。
「君が時空を歪めたせいで、魂が“途中で固定”されちゃってる。今は……眠ってる状態」
ノジュアスは拳を握る。
「……じゃあ、まだ助けられる」
リムリアはうなずいた。
「助けられる。でも、前よりずっと難しい」
沈黙。
神殿の灯りが、静かに揺れる。
◆魔王同士の距離
リムリアは、少し照れたように視線を逸らした。
「……でもさ」
ノジュアス
「?」
「帰ってきてくれて……嬉しかった」
小さな声だった。
「君がいないと……
なんか……魔王って、やっぱ暇でさ」
ノジュアスは思わず吹き出した。
「それ理由かよ」
「理由だよ!」
少しだけ、いつものリムリアの調子が戻る。
それが、妙に安心できた。
ノジュアス
「……なあ、リムリア」
「なに?」
「俺、魔王になったけど……
まだ全然わかんねぇ。力の使い方も……覚悟の重さも」
リムリアは、まっすぐ彼を見る。
「それでいいよ」
「え?」
「最初から“完成した魔王”なんて、いない。
壊しながら、守りながら、
選び続けた結果が――魔王なんだ」
リムリアは、そっと微笑んだ。
「君は……ちゃんと“守る側”を選んだ。それだけで、十分だよ」
ノジュアスは、エルミアの手を取る。
「……じゃあ、次は」
リムリア
「うん」
二人の視線が重なる。
「蘇生の準備、やり直そっか」
神殿の奥で、新たな魔法陣が静かに光り始めた。
まだ夜は明けない。
だが、確かに、朝は近づいていた。




