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澱んだ空気の令嬢と澄んだ空気の王子様

作者: 秋桜星華

王子は出てきません。王子みたいな人が出てきます。

タイトル詐欺でごめんなさい。

「あなたがいると空気が(よど)むの」


 ――一体何度、この言葉を言われただろうか。



 リンベル侯爵家の末娘グレーテル。仮にも侯爵令嬢だが、彼女への周囲の評価は決して高くなかった。それは、主に噂が原因である。


 曰く――


 彼女が来ると急に空気が悪くなり、喧嘩になった。


 彼女が入った委員会は、一気に活動が停滞した。


 彼女と隣のテーブルに座ったら、直前までイチャイチャしていたカップルが別れた。



 ――事実無根である。



 喧嘩になりそうな雰囲気の部屋に入ったら本格的に喧嘩になっただけだし、委員会は上層部が腐っていた。それと、カップルが別れた原因は浮気である。



 要するに、グレーテルは絶望的に間が悪いのだ。




 グレーテルの学園には、グレーテルとは正反対の評価を受けている生徒がいる。


 ホルツバート公爵家の子息クラウス。彼がいるだけで空気が浄化され、きらきらとしたエフェクトが舞うことで評判だ。



 空気を澱ませるグレーテルと、空気を浄化するクラウス。


 二人は、いつも対として語られた。グレーテルを貶め、クラウスを持ち上げる形で。





 グレーテルはその日、裏庭に向かっていた。どうせ、教室にいても難癖をつけられるだけだからだ。


 いつも通り廊下を歩いていたグレーテルは、見てしまった。――空き教室で、クラスメイトの婚約者が浮気をしているのを。


 お互いの手を繋ぎ、見つめ合う二人。友人同士の関係に見えなくもないが、お互いを宿す瞳には明らかに熱がこもっていた。


 間の悪さが限界突破しているグレーテルからすると、このくらいは日常茶飯事なのだが、その日はそのまま歩くわけにはいかなかった。廊下のむこうから、件のクラスメイトが歩いてきていたからだ。


 ……ケチつけられる!?


 瞬時に、目の前に情景が思い浮かぶ。


「貴女が横を通ったから、わたくしは浮気されたのです!」


 クラスメイトが潤んだ目でグレーテルを糾弾する。


「あぁ、澱んだ空気……」


 取り巻きの令嬢が蔑むような目でこちらを睨んだ――




 もちろん、グレーテルの妄想に過ぎない。妄想に過ぎないのだが、妙なリアリティがあるのは、それが日常的に起きていることだからである。



「浮気は絶対に澱んだ空気とは関係ないと思うのよね」



 グレーテルはそう呟くと、中庭目指して走り出した。あとで難癖をつけられると困るからだ。


 ――脳内が如何にして難癖を回避するかという思考に占領されていたグレーテルは、角から歩いてくる影に気づかず。



「うわっ」「きゃっ!?」


 衝突した。


 グレーテルは謝罪しようと顔を起こす。穢れた空気が、と怒られるのを覚悟した。


「大丈夫かい?」


 だが、想像に反してそこにいたのはキラキラオーラを放ち、爽やかに微笑む青年だった。咄嗟に受け身をとったのだろうか、年相応の重さのあるグレーテルにぶつかられた割には平気そうな顔をしている。


 問題はグレーテルの方だ。運動があまり得意ではないグレーテルは、咄嗟に、なんていう言葉からかけ離れている。全身が痛い。


「足首を捻ったかも、です……」


 キラキラを直視できず、少々目を逸らしながらグレーテルは答えた。


「それは大変だ、医務室まで連れていくよ」


 青年は申し訳なさそうな顔をしながら、そう申し出た。心優しそうな人だ。きっと、自分のせいで足首を捻らせてしまったと思っているのだろう。非は走っていたグレーテルにあるのに。


「いえ、大丈夫です。元はと言えば、私が」「失礼する」


 丁重に断ろうとしたグレーテルを遮り、青年はグレーテルを持ち上げた。


 それは、問題ではない。ないのだが……


「なんで、お姫様抱っこなんですかっ!?……運んでいただけるのはありがたいのですが」


 最後の方は小声になりながらも、グレーテルは抗議する。15歳にもなって、抱き上げられるとか、恥ずかしすぎていたたまれない。


 必死に抗うグレーテルを青年は無視し、抱えたまますたすたと歩いていく。


 そんな2人の姿を、恨めしそうに見つめる影があった。



 ◇ ◇ ◇



「これでもう大丈夫よ、でも軽く捻っただけだからといって過度な運動はしないようにね」


 グレーテルの足首は医務室で固定され、痛みも遠のいた。ほっ、とグレーテルは息を吐く。実は結構痛かったのだ。


「よかったです」


 そして、自分よりも安心しているのが隣に座る青年である。正直、グレーテルは複雑な気持ちだ。全てにおいて自分に非があるのだから。


 医務室から出たところで、2人は別れた。去る背中を見つめ、グレーテルは大切なことを思い出した。


「あっ、あの……っ!お名前を伺ってもよろしいですかっ……?」


 青年は振り返り、グレーテルと目を合わせた。


「ホルツバート家のクラウスだ。貴女は?」


 あぁこの人が、と納得した。通りでキラキラしているわけだ。一気に青年の存在が、遠ざかったような気がした。


「リンベル侯爵家、グレーテルと申します」


 ――貴方と会えることは、もうないかもしれません。だって、こんなにも次元が違うのだもの。


 初めて直視したクラウスの顔は、輝いて見えた。見た目だけでなく、雰囲気も。



 ◇ ◇ ◇



 だが、予想に反して彼はグレーテルの視界によく入ってきた。


 いつもの廊下。四阿。広場。


 歩く視界の隅に、いつも彼はいた。


 話しかけることは叶わない。


 ――格が違うと、思い知らされたから。


 ――彼の空気を、汚したくないから。



 ◇ ◇ ◇



「この間、クラウス様に抱き上げられていたわね」


「恥ずかしくないのかしら?」



 クラスメイトから向けられる言葉の刃。


 グレーテルとクラウスのあの騒動を、見ていた者がいたらしい。クラスメイトたちは、かっこうのネタを見つけたようにグレーテルを切り刻んでいく。


 耐えるしかない。私なら耐えられる。


 そう言い聞かせ、グレーテルは日々を過ごしていた。



「クラウス様のこと、どう思ってるの?」


「いやいや、まさか、好きだなんて言わないわよね?」


 ――間違えた。


 グレーテルは後悔していた。久しぶりに食事に誘われたと思ったら、クラスメイトと変わらない。


「ねぇ、何か言いなさいよ」


「澱んだ空気を我慢してわざわざ話してあげているというのに!」


 一人がそう叫んだ瞬間、グレーテルの肩にポンと手が置かれた。


「澄んだ空気だけがいいというわけじゃないよ」


 ――クラウス様っ!


 グレーテルはそう言いたかったが、驚きすぎて声も出ない。


「それに、グレーテルは心優しいんだ。澱んでなんかいないよ」


 ――それ、誤解なんです!私のせいなんです……!


「それでも彼女に文句があるのかい?」


 クラウスの登場に、彼女たちは顔を赤くし、青くし、ついには白くなった。クラウスの問いかけに、全力で首を振る。



「グレーテル、君と昼食を摂りたいと思っていたんだ」


 グレーテルが答える間もなく、クラウスはグレーテルの隣に腰掛けた。


 それを見た、先ほどまで共に食事をしていた人々は、蜘蛛の子を散らすように走り去っていく。顔面は蒼白のままだ。



「あの、どうして、私と……?」


 グレーテルはおそるおそる問いかける。


「うーん、大抵の人と話しているとなんだか上の空というか、あんまり対等に話せている気がしないんだよね。でも、君とは違うかなって」


 クラウスはグレーテルを見つめながらそう言った。


「それは私の空気が、その、澱んでいるから、ですか?」


「違うよ。君と一緒にいることが、楽しいんだ」


 心なしか、頬が熱くなる。グレーテルは思わず、クラウスの顔を見た。


「……なんてね」


 そう言ったクラウスの顔も、心なしか赤かった。


11月9日は「いい くうき」の語呂合わせで、換気の日だそうです。

インフル、マイコプラズマなど色々流行ってるので換気はこまめに!

睡眠も十分に取りましょう!(自戒)

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― 新着の感想 ―
 自分のせいじゃないのに、あなたのせいでと言われたら辛いですよね〜。  でもみるからに負のオーラをまとっている人はたまに見かけますね、そういう人は自分では気づかなかったり、自然に周りに気を使わせていた…
 まあ、間の悪さもそうですけど、マイナス思考の人間というものは周囲の雰囲気にも少なからず影響を与えるものですしね……。  そんな彼女の前に現れた彼は正に救世主の王子様。きっとプラス思考が周囲にも伝播し…
年頃の侯爵令嬢を蔑むとは、中々勇気があるよなあ。 下手な家だと潰されかねない気もする。 グレーテルの性格が波を立てないタイプだから良かったけど、この最後に絡んできたお嬢たちはどんな爵位の家柄だったんだ…
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