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第一幕ー⑧

「おにーさん、付き合ってもらってすみません」

「構わないよ。最近僕も忙しかったから、あんまり教えてあげられなかったしね」


 もう今年も残すところ一月となり、受験生にとっては踏ん張りどころである。そんな中で、家の妹さまは大風邪をひいてしまった。もう数日に渡って寝込んでいる。


 そんな中で帷ちゃんを我が家に招くわけにもいくまい。僕だって看病はするけどうつされたくない。というわけでカラオケボックスに行き帷ちゃんの勉強を見てあげることにしたのだ。


「うぅー……常和高校ってやっぱり、おにーさんみたいにトップクラスが集まるんですよね。仮に入学できてもついていけるのかな……」

 内申点もギリギリなんですと自信なさげに笑った少女は、本番が近づくほどおびえが増しているようだ。


「どうだろ。特進コースは結構なレベルだけど、普通科は枠も広いから色んな層がいるよ」

 地域では一番の公立校だけあって倍率は高いかもしれないが。補習なども本人に学ぶ気があれば手厚くやってくれるという。


「でも、うちに挑戦できるレベルならいくらでも選択肢はあるから」

「私立はやっぱり避けたいから、どうしても受かりたいんです」


 親に負担をかけたくないというのが公立にこだわる理由なら、いっそランクを落とすのも作戦だと思う。公立受験は一発勝負だ。落ちるわけにはいかないならば安全圏で戦えばいい。もしくは併願私立の特待で学費免除を狙うか。


 気休めに提案してみるも、表情は曇っている。

「常和高校がいいんです。……どうしても」


 我が校の特段優れているところを探してみる。全体の学力は県下随一。でも強豪部活があるわけではなく、設備も公立の域は出ないだろう。屋上庭園は素晴らしいが。


 どうしても苦労してもそこがいい、と言わせるだけのなにかはあったっけ? 制服がかわいいとか?

「事情があるのかな」

「覚えてますか、おにーさん。わたしたちが出会った頃のこと」


 帷ちゃんとはもう二年ほどの付き合いになる。気むずかしいうちの妹さまにできた最初のお友達。初めて家に来たとき、少女は深い悲しみにうちひしがれていた。


「もしかして、だけど……」

「あのときお話しした人が、通ってるんですよね。常和高校」


 当時の帷ちゃんに今のような明るさはなく、ぼそりと漏らした弱音は今でも耳に残っている。


『あの人の特別になりたかった。一番近くにいたのに、仲のいい妹扱いで。離ればなれになっちゃったんです』


「そっか」

「だから受かりたいんです。不純な動機ですけど」


 それならば、こだわる理由も納得できる。あれから時間も経つのに、想いは心の中に変わらずあるらしい。


「不純でも不埒でもいいんじゃないか、努力する熱になるなら」


 かつて少女の話を聞いたときには共感はしてあげられなかった。でも今の僕には同じだけの熱がある。


「一人でがんばってれば格好もつくんだけど。おにーさんに頼ってばっかり」

「まあ僕は頭だけが取り柄らしいので、好きに使えばいいと思うよ」

「奏ちゃんも素直じゃないよね。本当はおにーさんのこと大好きなのに」

「本当は僕のこと大好きなのに、お年頃だからちょっと避けようとか友達の前で仲良くしてるところを見られたくないみたいな思春期仕草も愛らしいので毒を吐かれたくらいで気にしませんよ僕は」


「うわぁ、シスコンだぁ……。おにーさん、今の本人には言っちゃダメですよ」

 言うわけなかろう。言ったら見透かされていることに腹をたててこの絶妙な距離感が崩れてしまいかねない。


「帷ちゃんも言わないでね。奏が聞いたら口きいてくれなくなっちゃう」

「言いませんよぉ、奏ちゃん怒ると怖いもん。秘密にするから……ごめん、もうちょっとだけお時間くださいっ」


 雑談に熱が入りすぎたか。予定の時刻をもうすぐ回ろうとしているがいいだろう、事情を聞いたからには徹底的に鍛え上げてやる。


「絶対合格しよう。僕もできる限り協力する」


 簡単には会えなくなってしまったと言っていたっけ。そんな相手に、二年も気持ちを持ち続けるというのは並大抵のことではない。


 気持ちを抱えるのは苦しい。伝えられないのはもどかしい。

 チャンスがあるなら、つかみ取ってほしいと思う。

 どうか実りますように。

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