第一幕ー⑥
県大会も終え(うちの地区には強豪私立が何校かあって、惜しくも関東進出とはならなかった)しぶとい残暑もようやく過ぎ去って肌寒い日が増えてきた。さて一区切りと言うことで、僕は演劇部首脳会談の席に呼ばれている。
カントク、演出をやる唐辺先輩、主演二人と並ぶと緊張するな。
「そろそろよかろうと、次は任せようと意見が一致した。さあ紡、仕事の時間だ」
カントクが宣言すると、全員の視線が僕に集まる。何度か習作を披露していざ、出番が回ってきたようだ。
部として見据える次のステージは、新入生向けの部活紹介だそうだ。毎年ではなく何年かに一回、演劇部とはこういう部活だと紹介するための劇を撮るらしい。新入生向けにいつでも閲覧できるようなのだが、僕はその気がなかったので存在すら知らなかった。
「運動部なら白熱した試合とかの切り取りでいいんだけどね~。うちは三十分くらいの劇を録画することにしてるの」
「そこでお前の脚本をお披露目、予定だ。よって具体的な方向性をこの場で決めていきたい」
文化祭のステージは一時間程度かかった。興味の薄い状態から長々と観てもらえる保証はないから、少し短めの作品にするんだそうな。
「まず実際に書く紡、意見やこだわりがあれば先に言っておけ」
ビシビシ視線を感じる、出所はわかっているから無視する。報酬はすでに受け取っているのだから、依頼はきちんとこなすさ。
「うんとですね、やっぱり新入生に興味を持ってもらうことが目的だと思うんで、なるべく身近な舞台設定がいいのではないかと。学園ものとかね」
唐辺先輩が書記役を務め、口に出した意見を箇条書きにしていく。
「あとはまあ……文化祭でのウケはよかったと思うんで。美男美女に主演を張ってもらえればなと」
小さな演劇部では、裏方専門なんて人の方が少ない。僕とカントク、あと佐倉さんは特殊な例だ。だから全員に主演のチャンスがあるべき、とも思うんだけど。
やっぱり二人、抜けた存在がいるとそうも言ってられない。
神田先輩は元々多かったファンが更に増えたらしく、彼女も一時期、身の回りが騒がしくなったようだ。
普段は地味眼鏡、マスク、長めの前髪で目立たないようにしている大森さんも、舞台にあがるときは別。本来備えている素材の味を十二分に活かすだけで、誰もが目を奪われるような美少女に早変わりしてしまう。
その別人っぷりは相当なもので、演劇部の主演女優として名前は知っていても、日常の彼女を見て同一人物だと気づける人は多くないと思う。幻の存在かよ。
「ビジュアルで売ると後がダリいんだよな。演者に近づきたい不埒な輩ばっかり入ってきてよ」
この言いぐさなので、すでに何人かはカントクが面接で弾いたのだろうか?
「いるんだよな、顔が整ってるからって役者できると思い込んじゃう奴。ああいうのはちょっといらないな。紡もそのクチかと思ったし」
仮に役者志望って言ってたら僕も門前払いされてたのだろうか。
「まあ熱意があれば誰でもウェルカムだけど」
にやにやしながらこちらを眺める禿げ頭。褒められているのか貶されているのか。
自分の歪んだ熱意の源が見透かされていそうで、気が気じゃない
「でも配役できるかは別として、人数はいてもいいんじゃない」
「カントク厳しすぎると思うな~。実際に触れてから好きになるケースだってあるでしょうに」
「別に出られないなら裏方でも、って奴なら切ったりしませんよ。役者以外興味ないとかだとちょっとね。うちに誠司先輩と雲雀がいる以上、メインをあげるのは難しいしな」
「それなら今回も、大森さんと神田部長中心でプロット組みますね」
僕の立ち回りを満足げに眺めている。僕が作品として生み出した台詞なら、声を宿せると言った。主演で組めさえすれば、と考えているようだが事態はそう簡単にいかないと思う。
神田先輩が、これは役ではなく大森雲雀の声だと認識して貰う必要がある。仕事は仕事と割り切られてしまえばそれまでだ。誰だって、好きなアーティストのラブソングが自分宛だなんて思っちゃいないだろう?
なるべく彼女自身に寄せた役柄で作劇しなければいけない。
彼女曰く、『キスまでなら事務所的にオッケー』らしい。つまりキスシーンを書けというのだ。拷問かよ。
「二人を中心に書く話ならいくつか草案は持ってきてあります。上からおすすめ順になってますんで読んで貰ってもいいですか?」
このリストも、僕らの事前の打ち合わせで作りあげたものだ。おすすめ順は主演女優のわがままで、一番上はこってり油多め味濃いめラブシーンマシマシなので正直に言えば書きたくない。
「……くどいな」
カントクが眉根を寄せる。ほら不評だろうが、ざまあみやがれ。
みなが書面に視線を落としているせいで気づかれていないが、大森さんは露骨に不機嫌な顔をしている。ほっぺが風船みたいで、隣にいたら是非つついてみたいところだ。
「紡、ほんとにこれ書きたいの? 短い枠で魅せられんの? 終始男女がいちゃいちゃしてるだけだとなんも響かんぞ」
「うーん。山も谷も見せ場もないかな」
「いや、これを下敷きにみんなでブラッシュアップしていこうよ。紡の初脚本だし、どうしたらいいか話し合って……」
神田部長、すみませんフォローありがとうございます。
大森さんの横暴を世に知らしめるために目立つようにしたのだが、このままでは僕の能力自体が疑われかねない。脚本担当から外されたら本末転倒だ。
「……おっと、ページ番号の振り間違いでした。自信があるのはこっちです。五ページから」
大森さんには悪いけど、僕だって入部を志したときからずっと、この場面を想定してきた。ずっと待ちわびた。君のことを考えなかった日はないくらい、アイデアは降り積もっていったんだ。
「枠の中で、ヒロイン兼主人公の失敗を三人称視点で眺めて貰う。最終的に二人は結ばれるけど、やり直しで何度もズルをしてきたのを観客は観てるから、コメディにもなるかと」
12ページ目のここから! と題したその作品は、繰り返し系の作品になる。
あるとき日記をセーブポイントにできることを気づいたヒロインは、何とかしてノートの終わる30日目までに彼と付き合いたいと言うストーリー。
時間を遡れることに気づくまで無為に12ページを消費してしまったり、結果間違いだった選択肢を選んだのに嬉々としてノートに書き込んだり、気に入らなければ何度も戻ってでも失敗したり、特殊な恋愛の裏側を観察するみたいな話。
これは大森さんの監修を受けてない。だからびっくりして設定を読みふけっていた。
「いいんじゃない、これ」
「……うん、これで行ける気がする」
先輩方には好評みたいだ。
「ずいぶん用意がいいんだな」
「入部してから何ヶ月も経つ。この部の劇が二人中心なのはわかりきってる。僕だってこき下ろされたままじゃいられない」
最初の持ち込みは使い物にならない。今なら自分でも納得がいく。だから見返してやろうと思ったのに、カントクはどうしてか僕を心配そうに見つめる。
「……なにか問題があったかな」
「いや、いいんだ。これでいかせてくれ。よろしく頼むよ、紡」
決定事項になってしまったが、先ほどから一言も発してない参列者がいるじゃないか。
「ありがとう。……大森さんはどう思う? 僕なりにがんばってみたけど」
俯いて○棒だけ掲げてきた。悔しさがにじみ出ている。
「本当に大丈夫? 君がメインのお話だから、気になるところがあったらどんどん言ってね」
『紡くんを信じます』
この言葉を綴るまで、ずいぶん時間がかかった。これくらいの意地悪、僕にだって許して欲しいもんだ、
「それじゃあ、これをベースに紡には書き始めて貰って。随時アップされたものに対して意見があれば共有しよう。今日はここまで」
とも思うけど、どうやら姫は家臣のいたずらを許容できないらしい。スマホにメッセージが届く。
『あとで 駅 ぜったい』
こんなに心躍らない待ち合わせがあるかよ。




