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第一幕ー③

 玄関にローファーが二組並んでいると、またかという気分になる。決して嫌というわけではない。今の僕にはそれより優先したいことがあるだけで。


「お帰り」

「お邪魔してます、おにーさん」


 妹とその友人は、今日も無許可で僕の部屋に入り参考書を漁っていた。おかげで僕の脚本勉強は捗りそうにない。

「ただいま、奏。いらっしゃい、帷ちゃん」


 荷物を置き、ネクタイを緩める。あまりのんびりしている暇はない。読書しかしてなかった頃は好きな時間に帰れたが、今はそうもいかないから。


「ご飯食べてくの?」

「いえ、何度もご馳走になって申し訳ないので、今日は帰ります」

「いいよ、食べてきなって。一人分増えても手間はかわんないし」


 奏はまだ帷ちゃんと一緒にいたいようだ。本当に二人は仲がいい。

「おや、今日は君が作ってくれるのかい」

「何言ってるの受験生に向かって」


 まるで自分が用意するような口ぶりだったのに。

 もともとは交代制で夕飯を作っていたが、受験が迫った妹のために今は僕が毎日支度をしている。かといって去年奏が僕の当番を代わってくれたわけではなかったのだけど。


「おにーさん、ほんと悪いんでわたしはいいですから……」

「気にしないで。成績の思わしくない妹さまのために一肌脱ぐついでだから」

「やーね。おつむの出来ぐらいしか取り柄がないのに、イヤミったらしくて」

「そんなことないよ。おにーさん優しいし、ビジュもいいし、素敵だと思うよ」


 僕を悪者にしようと同意を求めるが、帷ちゃんは僕のフォローをしてくれる。なんていい娘なんだろう。

「帷、自分のセンス疑ったほうがいいよ」

 奏は家族と仲良くしていることが恥ずかしいと感じてしまう微妙なお年頃なのだ。だから僕を悪し様に言ってみせる。


 そもそも僕ら兄妹は似ているとよく言われる。つまり僕をディスることは自らを卑下することに等しいのだ。


「おいおい。自分を好いてくれて、仲良くなった人の美意識を否定するもんじゃないよ」

「そうです! わたしは奏ちゃんもおにーさんも大好きですからっ」


 帷ちゃんが勢いよく頷くと、チャームポイントであるツインテールがぶんぶん振り回されぶつかりそうになる。


 この子のまっすぐさが僕は好きだった。まだ反抗期の抜けきらない奏のいい薬になってくれるだろう。

「ちょ、髪痛いから。ふるなふるなって」

 帷ちゃんはムキになって奏にぺちぺちツインテをぶつけている。微笑ましい一幕を背に僕は夕食の準備に取りかかる。


 ささっと鶏の照り焼きを作ることにした。両親が帰ってきたときに、暖めるだけで食べられるようなメニュー構成に。毎日遅くまで働いていただいて不自由なく生活させてもらっている。ご飯の支度くらい僕がやりますとも。


 帷ちゃんは「おいしい! おいしい!」と目を輝かせている。家庭の事情で普段は出来合の食事が多いらしい。受験勉強があるから自分で作る時間も惜しいのだろう。

 対して奏は大げさに喜びはしないものの、内心は透けて見える。照り焼きに添えたネギがこの子は好きなのだ。タレの絡んだ円柱状のそれをじゅわっと口内で噛みしめたのち、ご飯をぱくり。わずかに頬が緩む。

 いけない。あまり観察していると不興を買う。自分の食事に集中する。

 さて、エネルギーを補給したところで勉強の時間だ。


 二人とも志望校はうちの高校とのことで。自分で言うのも不遜だがなかなかにレベルは高く、地域の公立ではトップクラスだ。本気で狙うなら塾に行くべきだけど、親に負担をかけたくない帷ちゃんと、集団に溶け込むのが苦手なうちの妹は二人きりで勉強を続けていた。僕が家庭教師を務めているのもあるが、学力はどんどん上がってきていると思う。


「あの、おにーさん。すみませんここ……」


 僕が読書する横で二人は問題を広げている。物語の世界から急に現実に引き戻される。異世界から転移してきた召喚酔いで頭が回らない。


「あーこれはね、んとね……はいはい」

 自分の本日の勉強ノルマは終えたので、本当なら執筆したいところだったがどうせ集中できないだろう。読書もままならないくらいだし、妹の前で脚本を書けるはずもない。


「おにーさんの説明、とってもわかりやすい。学校で習ったときはあやふやのまま終わっちゃったから……」

「なんでも聞いてね」

「ん」

 なんつー態度だ。妹さまは、わからないとも教えてとも言わず問題文をシャーペンで示している。

「……はぁ」


 ため息をつきながら思考の補助線を引くように、使用する公式を示してやる。すると合点がいったようでスムーズに問題を解いていく。

 これが入試まで続くのかあ。なんとか自分の時間を確保しないとな。


「奏ちゃん、おにーさん。今日もありがとうございました。おやすみなさい」

 笑顔で手を振りながら帷ちゃんが去っていく。パタンと扉が閉まり、二人きりに。まだ両親は帰らない。


「……兄さん」

「ん」

「今日もありがと。ご飯も、おいしかった」


 誕生日を経る毎に距離はじわじわと空きつつある、けど元々奏は甘えん坊なのだ。

 まだこういう可愛い面があるから、さっきみたいに横柄な態度を取られても許してしまうんだ。

 僕も大概、甘い。






「こんなところで出くわすとは」


 昼休みにPCルームに行くと、しかめっつらの佐倉さんがため息交じりで画面を見ている。貧乏揺すりがこっちまで聞こえてくる。


 執筆をするようになってから学校にノートパソコンを持ち込むようになった。家だと集中できないし。ただちょっとした調べ物やダウンロードでギガを消費するのももったいないので、有線LANが使えるこの部屋までわざわざ足を運ぶのだ。


 視界に入らぬように僕も対角線の席に腰掛ける。


 ネット上に転がっているサンプル脚本を読みふけっていく。学生向けに無料のものも多く、公演するなら一報を入れて欲しいと注意書きがなされている。

 ただ読んでいくだけでなく、場面ごとにうちの部なら誰がどう動くのかまで想像しながらじっくりと噛みしめるように近えな。


 気づけば佐倉さんは僕の背後に遷移している。肩に顎が乗るくらいの近距離にいる。いつからそうしていたのだろう。

 気配をまるで察知できなかった。こやつ、できるな……。


「こんにちは、佐倉さん」

「はいこんにちは」

 こちらの画面を注意深く眺めているが、見られて恥ずかしいものは映っていない。

「佐倉さんはディグ?」

「授業中に聴きたいロックンロールっていうテーマでプレイリスト作ってオフライン保存してた」


 優等生気質が多い演劇部員の中で彼女だけやってることいかつくないか?

「授業中に聴かない方が。あとその大きなヘッドフォンだとすぐバレるんじゃ……」

「馬鹿だね。有線のこいつを首から提げておくだけで、教師の警戒は解かれる。まさかブルートゥースイヤホンとの二段構えだとは思うまい」


 耳を覆っている髪をしゃらんとかき上げてみせる。急に解答を求められて恥をかけばいいのに。


「紡は真面目だね。休み時間にまで調べ物か」

「僕は知識もキャリアもないからね。ついて行くのに必死なんですよ」

「たかが高校の部活じゃん。ほどほどに楽しめればよくない?」

 カントクが聞いたら怒鳴り散らしそうな発言だった。


「僕は今まで物事に全力で取り組んだことがなかったから。初めてそうしてみたいと思ったんだよ」

「へぇ、そりゃどうしてまた」

「本気の人の熱に触れたからかな」

「相当がんばらないと、あの二人には置いて行かれちゃうよぉ」

「舞台に立つ予定は今のところないけれど」

 大森さんと神田先輩と僕。一緒に並び立つ想像をしてみる。やっぱり僕だけ場違いだ。


 にしても。


「大森さん、神田先輩にだけやたら厳しく言うよね」

 一応年上相手なのに。他の先輩相手の態度とは明らかに違う。

「そりゃあれだよ、あの二人は幼なじみだからね。信頼関係があるんでしょ」

 どうりで距離が近いわけだ。帰る道筋も一緒みたいだし。


「なに? 気になっちゃうお年頃?」

「納得した。付き合い深いんだね」

 下手なからかいはスルーに限る。余計な勘ぐりをさせるべきではない。


「詳しくは知らないけどね、中学違うし。めちゃくちゃねじくれてそうだから、迂闊に触ると壊れちゃいそうだし」

「…………」

「まっとうに仲いいだけの関係なら、ああはならないだろうからねぇ」

 付き合いの長い幼なじみ。そんな短い文字列で括れそうな関係ではないと。


「複雑なんだね」

「紡は友達少ないからわかんないか。人間関係ってまどろっこしいのよ」


 この流れでどうして僕がディスられているのか。事実ではあるが友人の少なさで困ったことはないので、悪口のつもりなら的外れだ。


「佐倉さんも、人付き合い嫌いそうだけど」


 この人らしからぬ高い音程で「あはっ」と笑った。

「あたしは『好き』の範囲がめちゃくちゃ狭いだけ。趣味がピンズドで合致する相手がいたらめっちゃ仲良くしちゃう系」


 ねじくれてるのはどっちだ、と思う。

「はは。『インテーラン』とか好きそう」

「おっ、いい趣味してるじゃん。あんたは『汚い親父達』とか聴いてそう」


 しばしお互いの顔を見つめ合う。名前が挙がったのはどちらも知る人ぞ知る中の一部からは熱狂的に推されている新進気鋭というわけではないけれどそれなりの地位でワンマン1000人くらいは埋めるバンドグループだ。


 僕らは無言で連絡先を交換し合い、握手を交わし、プレイリストと言う名の恥部を見せ合う仲になった。


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