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カーテンコール

 手紙を添えようと思い至ったのは、きちんと書面をしたためることでこちらの気恥ずかしさを軽減し、相手の過去を懐かしむ気持ちに訴えかけるためだ。


 しばらく顔を合わせてないのに、いきなりこんな物を送りつけられても戸惑ってしまうだろうし、当時相手がこちらに抱いていた信頼や友愛を全部ひっくり返してしまうような内容だってある。親友と呼べる仲だと自負しているが、すべてをさらけ出してしまえば、距離を置かれてしまったとしても責められまい。


 だから、手紙にしようと決めたのだ。


 直筆で。メールでも電話でもなく。


 僕らの成り立ちを回想するのに、これは実にふさわしいツールだ。ポストに投函こそしなかったが、僕はあの一年と少しの間に、相手に沢山の手紙を届けたのだ。


 返事は一度きりだったけど、十年経った今でも当時の記憶は、鮮やかなまま胸の内にある。

 彼と彼女にとっても、特別な時間であったと信じたい。


 二人で振り返って、こんなこともあったねって、笑いあえるような青い春だったのだと。

 苦難の末に結ばれた、素晴らしい恋愛劇だったのだと。

 演じてくれたからには感謝を述べなければならない。モデルにしたのにこっそり世に出すのも卑怯な気がしたし。恥ずかしいけれど、受け取ってくれると嬉しいな。



 脚本家から愛を込めて、この作品を捧げる。



拝啓


 春分を過ぎ、桜の開花が待たれる頃となりました。

 神田様におかれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます。


 さて、私事ではありますが、この度、書籍を上梓いたしましたので、献呈させていただきます。


 学生時代から物語を描き続けてきた成果がついに実を結びました。勤め人になり、毎日くたくたで帰宅しながらも執筆への熱は衰えをしらず、脚本と小説の違いはあれど、私は文字を書き連ねて日々を過ごしていました。


 その熱量の中心を占めていたのは間違いなく、あの学生時代の経験でした。だからこそ、いつまでも忘れずに、大切にしながら前に進んでいけるような、当時の出来事を書き記した小説を、残しておきたかったのです。


 アルバムに写真を並べたようなこの作品が、まさか出版にまで至るとは考えもしませんでしたけど。拙い部分は多くありながらも、こうして本という形にしていただけました。


 ご一読いただければ幸いです。


 とまあ堅苦しい挨拶はさておいて、この作品が実写化したら、メインヒロインを任せたい。


 今をときめく人気俳優のスケジュールに穴はないだろうが、そこは無理矢理こじ開けてもらわないと。先輩はもう演技なんかできないかな、いや、最初はボロボロでもいつも本番には形にしてくれるから頼んでみようか。主題歌は瑠璃さんに歌ってもらってさ、面白そうだよね。


 こんな絵空事を口にできるようになったのも、君と同じ表現者の舞台に並べたからで。


 物書きとして食っていきたいとか、大それた事は言えないけれど、僕が書いた一つの作品が世に出て、ほんの数人だっていい、誰かの心に響いたらって考えたとき、ようやくスタートラインに立てたんだって実感が湧いてきたんだ。


 あのとき、君の演技が僕を変えてしまったように。

 僕の小説に勇気づけられる人もいるかもしれないからね。


 だから、こんな赤裸々な自分語りを物語にしようと思ったんだ。


 それでは、どうぞ喜劇をご覧あれ。

 

敬具


 

 追伸 また4人であのグランピング施設行きましょう。バレルサウナついてたやつ。

 

 


 送達されてからおよそ一月後、電話があった。本当に売れっ子になってしまったのだなあと感慨深い。


「読んだ」

「そか」

「ちゃんとね、じっくりね、読んだから。全部、しっかり」

「ご丁寧にどうも」


「その上で、また言うね。ありがとう、紡くん」


「僕も、君と出会ってなければ、本なんか出せてなかったよ。ありがとう、雲雀」


「はやく私をキャスティングできるような人気作家になってね」

「あのねえ、兼業がどれほど大変かわかるかい? 文庫本一冊書きあげるのも半年以上かかるんよ。執筆で悩んでたら職場で課長に怒られるのよ」

「専業の方がきついから。人気商売で明日の飯も命がけなのよ。役にのめり込みすぎて自分が誰なのかわからなくなるのよ」


 実に彼女らしい悩みだと、笑ってしまった。


「そんなときは自分を見つめ直すといい。次に書く作品にイグアナを登場させるから是非君に演じて欲しい」


 雲雀もつられて、ぷっと笑った。


「次はどんなお話を書くの?」


 世界には無数の物語が溢れている。人はみな役者で、それぞれの人生で役を演じながら、毎日を必死に生きている。


「そうだね……」


 油断していたら、いきなり自分が主演の物語が始まるかもしれない。そうなったときに、僕はせめて、格好良く演じられるようにしたい。


「恋の物語に、しようと思ってるんだ」


 次こそは、僕自身の気持ちをラブレターに綴る日が、来るかもしれないからね。

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