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第二幕ー④

 上手く逃げ切ったと思っていたのに。


「君まで来なくてもよかったんだよ」

『終わったらすぐ私とのミーティングね』

『だからこれも手伝うよ』


 やれやれ、モテる男はつらいぜ。夜まで女の子関連の予定がびっしりだ。

 今度はこちらが映研の部室を訪問する。

 演劇部のそれとは違いごちゃついた印象は受けない。整理しやすい機械類が多いからかな。それ何に使うん? と言いたくなる謎の置物とか僕らの部室には沢山ある。


「こんにちは。改めて、よろしくお願いします」

 主演は押しつけることができた。しかし僕は、渉外担当に任命されてしまったのだ。カントク相手じゃ映研もやりづらいだろう、というのが一つ。これから話し合うのはストーリーラインと撮りたいシーンの選定。つまり話作りに関わる部分であり、脚本担当の僕が適任だろうということ。


 本業が進んでない以上のめり込むつもりはないが、カット割りを学ぶことは有益だと考えている。


「この度は協力いただきありがとうございます」

「あのぉ、大森さんも出ていただけるんですか?」


 淡い期待の色が見えるが、残念彼女は見学だ。

『私は今回 脚本協力させていただきます』

 眼鏡のふちをくいと持ち上げる。新歓演劇でぼろくそに言われたのをもう忘れたか。


「たまに意見を口にするかもしれませんが、無視してくださって結構です」

 すねに微かな衝撃走る、雲雀が弱キックを連打していた。


『無視しないで』

『もっと私を見て』

 いつも見てるよ、馬鹿。

「傾聴に値する意見なら拾おう。茶々入れたいだけならお口チャックね」

『傲慢な人』

『意見のぶつかり合いの先にひらめきは生まれるのに』

「……はいはい、思うところがあるならどうぞ。ただし、今回の主役は君じゃないからな」

『帷ちゃんを最強にかわいくするんでしょ』

『楽勝です』

「あの~そろそろ始めても……」

「すみません。よろしくおねがいします」


 彼女はボードを僕にだけ向け、机の下の小競り合い彼らには見えない。内緒話しているようで感じが悪かったか。

「さて、アウスタリアスは今更コマーシャルを打つ必要がないほど浸透している商品です。なので、ある程度みなさんも既存のイメージがあると思います」


 国民的スポーツドリンクだ。これまでも企業のCMがいくつも放映されている。

「青春、汗、夏……こんなところですか」

 僕にとってもなじみ深い。補給系のドリンクはサウナのあとに飲みたくなるんだ。


「この路線を踏襲するのか、または外していくのかってことですよね」

 わざわざ賞金まで用意して一般公募するのだから、消費者側の新たな目線を求めていそうではあるが。


「俺は、乗っかるべきだと思うんですよね。王道路線で、学生にしか撮れないフレッシュさを加味する」

「高松さんも同意見ですか?」

「その方が作りやすくはあると……。でも埋もれるんじゃないかって懸念が」

「なるほど。というか、目指す作品像とかはないんですか? こういうシーンは入れたい! とか」


「特にないです」

「賞金が欲しいです」

 即答かよ。

「まあ完成させることが思い出になって、それが一番かなって」

 勉強させてもらうつもりできたのだが、うちのカントク並の熱意があるわけではないっぽい。

「お二人のこだわりがあればそれをやるべき、と思ったんですがね。意見させてもらいますと、キャストが決まっている都合上、王道青春爽やかムービーにはならないと思うんです」


 帷ちゃんと相手役が並んだときの絵面を思い浮かべる。

 高身長すらっと系イケメンの誠司先輩が演じるならそれもいいだろう。だが今回の男役は我が部が誇る太陽・ヘッドの関根篤なのだ。その見事なまでの剃り上げは美しくはあるが、あてがうストーリーを間違えば途端にコメディになってしまう。


 野球部とか柔道部ならドハマリするんだけどね。

 伝えると、三人とも納得しているようだった。


「だから一本芯の通ったタイプの役しかできないと思うんですよね。カントクが制服だるだるに着て廊下で女子とふざけ合ってたら嫌でしょ?」


 雲雀はボードで顔を隠した。内心爆笑してるのだろうが声が出ないんだろう。


「だから硬派な男は確定として、彼の青春にズームするか、はたまた女の子側に目を向けるか」

「なら関根くんに恋する後輩役、ってところですかね三好さんは」

「アウスタリアスを差し入れする構図きました」

『先輩は私のことなんか眼中にナイヨ。部活の邪魔になりたくない。だって私は先輩が一生懸命打ち込んでる姿を好きになったんだから』

『付き合ってなんて……言えるわけないモン』


 鬼のタイピング速度で文章を出力した。脚本助手の筆がノッてきたらしい。

「汗と青春に、涙の隠し味……。アウスタリアスが染みるねぇ」

 真柴さんも手応えを感じていそう。カントクがこの場にいたらテンションはもっと低かっただろう。連れて来なくてよかった。


 大筋ではこれでいいんじゃないかと思う。ただ、これを書けと言われると二の足を踏む。帷ちゃんの内心を荒らすことになりかねないからだ。


 たたき台を手にした面々は、こういうシーンやりたいとか視点はこうでとか活発に議論を始めた。僕はそれをメモしながら、思案する。


 雲雀の件とは違う。彼女からは正式な依頼を受けている。瑠璃さんに話すことと引き替えに、墓荒らしみたいな真似までしたんだ。もう今更退けない。


 少女の想いに触れていいのかどうか。少なくとも知らぬ振りで進めることはしたくない。


「ありがとうございます。一旦キャスト達に確認もしたいので持ち帰らせてください」

 部室を後にする。

『どう? 脚本助手も役に立つでしょ』

 雲雀は先ほどの討論に満足感を得ている。水を差すようで申し訳ない。


「悪いんだけどさ。今日の脚本会議延期でいいかなあ?」


 ぴた、と楽しげな足取りが止まる。


『急用?』

「うん、早めに確認したい。じゃないと進行が遅れそう」

 考え込んでいる。怒っている風ではないから安心した。


『束縛できる立場ではなかった』

『寂しいけど また明日だね』

「ごめん本当に。埋め合わせはするし、れもち奢るよ」

『アウスタリアス飲んでみたい』


 寂しいとか、僕の台詞だって。本当は今日も、声が聴けるはずだったんだから。

 自販機でアウスタリアスを購入し、一口飲んで、雲雀は渋い顔になり、残りを僕に寄越した。新たにれもちを買って渡し、そこで手を振り別れた。




 奏はまだ帰ってきてない、練習熱心な妹さまだ。我が家の門をくぐった帷ちゃんは、何となく用件を察しているのかそわそわしている。


「おにーさん。お疲れさまです」

「お疲れ。ごめんね来てもらって」


 夕飯の支度は朝のうちに終えているので、僕の部屋でお茶を淹れてから。

 ひとつ、啜る。


「おにーさんは気づいてますよね、帷の気持ち」

 切り出し方を探っているうち、彼女の方から飛び込んできた。

「……まあね。だからこそ、ちゃんと話してからの方がいいと思って」

「うぅ……気苦労をかけまして、すみません」


 この話題自体がNGというわけではなさそうだ。正直に伝えることにした。脚本のこと、察してしまっていること、このまま進めるのをためらっていること。


「帷ちゃんが追いかけてきた、ってことだもんね」

 かつて話した常和を志望した理由。そして離ればなれになった大切な存在。

「……あんなんですが、帷の憧れなんです」


 顔が真っ赤だ。髪の束がゆらゆら揺れている。

 僕とカントクが繋がっていたから、相手を知られてしまっている恥ずかしさがあるのだろう。


「いやーきついですよね、元兄妹なんですから。自分でも、うわぁって思いますもん」

「そんなことない」

「へぁ」

「離ればなれになってからずっと、君は彼を思って努力してきたんだろう。僕はそれを見てきた、すごく素敵だと思っている」


「……ほんと、そういう立派なものではなくて」

「会えなくても一途に想いの芽に水をあげ続ける。なかなかできることじゃない。誇っていいんだよ」

「全肯定ニキやめて……」


 両手で顔を覆ってしまった。ただ自信を持てばいいと伝えようとしたんだけどな。

 紅茶を啜り、鼓動を落ち着かせてから、再び口を開く。

「無理なのはわかってるんですよ、一緒に暮らした期間長いし……。向こうからしたら、ハァ? って感じだと思うんです」


 僕はかつての二人の姿を知らない。親の離婚を機に、帷ちゃんは僕らの中学へ転入してきたわけだし。

 でも、久しぶりに会ったにしては仲がいいし距離も近く感じた。


「ずっと妹じゃなく後輩として、一人の女の子として高校で出会い直そうって勉強してきたのに。いざ再会すると、やっぱり昔のやりとりというか」

 特別になりたいと、かつてそう言った。

 一番近くではなく、一番大切な存在になりたいと。

 同じ色の苦い感情が胸を満たす。


「むつかしいよね。真正面から気持ちを言えたら楽なんですけど」

「それが一番難しいんだよ」

 帷ちゃんはにへへと笑う。

「でもチャンスですよね。いきなり二人でドラマを撮れるなんて」

「……うん、そう思う」


 その前向きさが眩しい。少女の瞳は、未来を見据えている。


「だからおにーさんの好きなように書いてくれればいいですよ。どんな役でも、がんばってみるから」

「僕一人で書くわけじゃないけどさ」

 ただ、あのまま進めていたら帷ちゃんの透けて欲しくない部分まで、周りに知られてしまうんじゃないかって。


「でも、始める前に配慮してくれたんでしょ? 優しいなぁ、紡先輩は」

「……っ!」

 いたずらっぽい表情。呼ばれ慣れてない先輩という響きに、不覚にもどきっとした。


「おや、ちょっと刺さってる?」

「……からかうんじゃありません」

「アツシくんにも効くかなあ。先輩呼び」

「今度のドラマ撮影で試してみては」

「頼りにしてますよ、おにーさん」

 誰も彼も、片想いばかりだ。また一つ、ラブレターを書かなければいけないようだ。

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