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第二幕ー③

「燃やすのは薪でも命でもいいの。今、あなたの隣を行く私の鼓動はとっても熱を帯びてるのよ」


 悩んでばかりいても仕方ない。書くのが僕の仕事だ。

 次はもっと世界観を広げようと思う。頭に浮かんでいるのは冬に閉ざされた国の話だ。

 ある程度の設定とキャラ作りをしたうえで、彼女に台詞を指し示す。するといくつかの声音で演じ分けてくれる。


 これを劇の稽古だと雲雀に認識させるのが肝要で、たとえばただノートに綴っただけの言葉などには反応できない。僕だけに許された、彼女の声を引き出す方法。


「寒くない。ほら、触れてみて? 村の凍らない水みたいに、熱いの」

 彼女の芝居は僕に無限のインスピレーションをもたらす。耳元で響く、憧れて焦がれた雲雀の声を元に物語をより強固にしていく。


 他の部員は基礎練習でグラウンドを走っている。だから二人っきりの部室で脚本会議だった。

 これが僕に向けられる台詞ではないと理解してはいるけれど、いざ耳元でたっぷりと声を浴びせられてしまうと。


『なんかどきどきするね』

「実際触らせるかもだけど平気?」

『覚悟はできてる』


 胸に目が行きそうなのを必死で逸らす。僕が書いた台詞を指し示す都合上、向かい合わせじゃなくて隣同士だし。ポーカーフェイスは崩れていないか、そればかり気になる。


「夢を拠り所に今より暖かい世界へ、と願う主人公。寒くても、貧しくても、懸命に生きることで日常に光を照らそうとする君、の対比をメインに書きたい」

『つまり 綺麗なおねーちゃんばかり追ってねえで身近にいる可愛い妹の存在に気づきやがれってことだね』

「陳腐な表現だがまあそうだ」

『伝わるかな』


 実際、舞台の場だけでは厳しいだろうなと思う。

 だからこそ、下ごしらえが重要になってくるはずだ。

 隠し包丁、板ずり、マリネ、あらゆる方法で彼の凝り固まった思考をほぐしてやる。


「……伝えてみせるから」

「あの~責任者の方って」


 至近距離で見つめ合っていたところに急に扉が開くもんだから慌てて飛び退いた。

 扉を半分開けこちらを覗き込んでいたのは見知らぬ男子生徒二人。来客とは珍しい、居住まいを正す。


「すみません。今は席を外しておりますが、どのようなご用件でしょうか?」

 応対したのは僕なのだが、二人の視線の先は雲雀に向いている。

「すげえ。本当にいたよ凜ちゃん」

「普段あんな感じなんだなぁ。かわいいなあ」


 おおそうかい、僕なんか眼中にないってか。

「用がないなら出て行ってもらえます? 脚本制作の邪魔です」

 正面の二人を威圧したのに、何故か雲雀が驚いていた。


「……あっ、いえ、すみません。実はちょっとお願いしたいことがありまして」

 二人はぺこぺこしながら部室へと身体を滑り込ませる。立てかけてあった予備のパイプ椅子を勧めると、慎重に腰を下ろした。


「初めまして。脚本担当の2年、西城紡と申します。舞台監督の関根が外出中でして、急ぎの用でしたら僕が言伝を預かりますが」

「急ぎ、ってわけではないんですけど。ちょっとご相談がありまして……」




「イメージビデオ撮影……ねぇ」


 面倒くさそうなへの字眉。やりたくねえって顔に書いてある。

 映像研究部からの依頼をカントクに伝えると、事前の予想通り反対に針が振れている。


「つか、真柴と高松が来たんだろ? 俺同じクラスだっつの。何でわざわざ紡に」

「君が常にぴりぴりしていてクラスの中で浮いているからじゃないかな」

「……それ、あいつらが言ったの?」

「僕の想像」


 カントクは虫を食ったような顔をした。高圧的で自信に満ちあふれていて目的のために生きているような男だ。高校生活をエンジョイしている若者と波長があうわけがない。


「よく見ているな、さすが脚本家。察しの通り俺はクラスでやや浮いている」

 やや、だって。

「だから切り出しにくかったんじゃないかな。ま、出所はどこだって一緒だよ。受けるか断るか」


 映研の持ち込んだ依頼――サンホール社の人気商品、アウスタリアスのイメージビデオを撮影するのに、うちの役者に出てもらいたいとのこと。


 要は一般人にCM作りをさせて、商品とメーカーを盛り上げたいということらしい。優秀賞以上を獲れば結構な賞金を得られるし、公式チャンネルで作品を取り上げてもらえるので制作した団体、出演するキャストにも恩恵はあるだろう。


「そんなんやってる場合か、と一蹴したいな」

「すみません」


 僕のホンが上がっていれば、それに伴って稽古と準備を始められるんだが、あいにくまだまだ時間がかかりそう。

「けどまあ、メイン以外の役者志望には大きな経験値になる」

 雲雀と誠司先輩を中心に組む以上、周りはどうしたって脇役になってしまう。

 息を呑んでカントクの最終決定を皆が待っている。


「ま、映研は雲雀を出したがっていたけどね」

 僕らに話を持ち込んだ切っ掛けが、例の新入生向け部活紹介だったみたいで。校内での知名度を着々と積みあげていく雲雀ちゃんだった。

『私やってもいいよ』

「無理。お前は稽古」


 ぴえん顔になりみゆき先輩の胸に顔を埋める。

「カントク、別にやらせてもいいんじゃない? GWに纏めて撮影するって言うし、稽古はそのあとでも。脚本も遅れてるし」

 みんなしてちくちく言葉で僕を刺すなよぅ。


「そもそも希望者は……」

 授業参観で張り切る子供みたいに天に向かってびしっと右手が掲げられた。これを指名しなきゃ嘘だろってくらいやる気が迸っている。


「帷、やります! やらせてくださいっ」


 これでは他の希望者が萎縮してしまう……と思ったが、真っ先に同期の一年生から拍手があがる。

「やる気があるのは素晴らしい、が、依頼を受ける以上これは演劇部の評判に関わるんだよ。その覚悟があるか?」


 一年生達は、部に入ったばかりで基礎の発声と体力作りがせいぜいだ。ステップをいくつも飛ばしていきなり本番、まともな芝居になるだろうか?


「映研の依頼なんだし、気軽にやってよくない? うちの劇は文化祭で魅せればええ」

「やるからには賞獲りたいだろ。賞金も山分けにする」

「あー夢見すぎ。こういう一般公募はね、ほとんど出来レースなんだよ。元々繋がりがあるか過度に話題性があるか、そういう作品と人が選ばれる。無名がいくら良い物作っても目に止まらないって」


 佐倉さんはまるで業界人みたいなことを言う。


「一昔前の話だろ。今はSNSで個人がいくらでも発表と拡散できる時代だ。良い物を作れればチャンスはある」

 食ってかかるカントクにも一理あるけれど、あくまで今回の件は企業の商品PRだから、そうなったとしても僕らに旨みはないだろう。 


 瑠璃さんみたいに圧倒的な才能があれば、ネットの海に希釈されたとて輝きを放つのだろうけど。 


「やるなら全力、なのがカントクだからさ。帷ちゃん、どうする?」

 全員の視線が集まり、うっと一瞬気圧された。けど、すぐに覚悟を決めたのか、きりりと眉を締めて言い放つ。


「やりたいです。入部早々貴重な機会をいただいて幸運です」


「がんばってねぇ! なんなら雲雀ちゃんとダブル主演でぶふっ」

 みゆき先輩は自らの妄想シチュに致命傷を負わされた。勝手に想像して興奮して辛抱たまらなくなっている。


「だから雲雀はなし。んで、相手役だけど……」

『せーくんは台詞覚えらんないからダメです』

「すまんな。確かに余裕ないわ俺」


 その場にいた残りの男子が、一様に「俺じゃないわ」って表情を浮かべていた。


 エントリーナンバー1。裏方の長。すべての仕切りをこなし多忙なカントク。

 エントリーナンバー2。文字が友達。なのに戯曲も満足に書けない紡くん。

 エントリーナンバー3。女子の群れたる演劇部に迷い込んだ羊系男子一年橋本。


「僕も違うね、脚本第一だし。橋本くんどうかな?」

「あの……ごめんなさい。さっきのカントクの言葉聞いて、とても自分には務まりません……」

 ほらービビらすからやる気削いじゃったじゃないのぉ。


「紡やっとけば? 良い経験だし」

「無理だって。役者に向いてないって帷ちゃんにも言われちゃってるし」

「おにーさんが相手なら、初めて同士だからちょっと安心かも」

「君ね、僕の表情筋がぴくりとでも動いたところを見たことがあるかい? ないだろう? 感情を喪ったロボット役なら引き受けてもいいが」

「常和に合格が決まったとき、感極まってわたしたちを抱きしめてくれました」


 ばっ、おめ、そういうの言うなし~。クール系キャラで売ってるんだから~。

 掲示板に二人の受験番号を見つけたとき、努力を実らせた妹をどうしても労いたくて、抱きしめて背中を撫でた。奏は抵抗しなかった。だからしばらくそうしていたと思う。帷ちゃんは僕らの間にむぎゅりと身体をねじ込んできたからひとかたまりに結束した。


 思い返せば公衆の面前で長きにわたり団子になっていたのだ。恥ずかしい話だ。

「だからおにーさんにもちゃんと心はあるんです。閉ざさないでください、ほら、こんなにも世界は美しい」

 芝居がかった宗教勧誘みたいなことを言い始めた。


「なら僕は心のつぼみの咲かせ方を見つけにいくので、今回はカントクに主演を頼もう」

 空想のミツバチを追いかけるふりしてその場から退散しようとしたのに首根っこをガシっと掴まれた。茎が折れたらどうしてくれるんじゃ!!


「だから俺は忙しーのよ」

「カントクこそ、演者の気持ちを知るべきじゃないか?」

『むちゃくちゃいうけど やってみれば感じ方変わるかも』

「何事も経験。って私たちをびしびし叩いてきたものね~」


 キャスト経験者がまくし立てる。偉そうに言うなら自分でやってみろ、ってことだろうか。ここぞとばかりに波へ乗るぜ。


 煽った。


「ああでも、クラスメイトが嫌がるかなあ。萎縮しちゃいそうだしね」

『せーくんかと思ったらカントクでしたー』

『依頼取りやめまである』

 追い詰められていく義理の兄に向かって、帷ちゃんが小生意気な笑みで放つ。


「……アツシくん、びびってる?」


 スキンヘッドから血管が浮き出る。

「……劇には役割がある。配役は本職を優先する、当たり前のことだ。だがそこまで言うならいいだろう、演劇のすべてに精通する俺は当然、主演男優もこなしてみせる」

 凄まじい威圧感を纏っている。誰にも否やは言わせない、ラスボスもかくやのプレッシャー。


「帷、逃げるなよ。受けた依頼は完遂する」

 怖い。怖いけど、格好いい。これでド下手だったら面白いんだけど、多分演技だって、彼は相当のレベルでやりきってしまうのだろう。


 帷ちゃんは気圧されるどころか、受け止めて戦う顔をしていた。

 こうして映研、演劇部合同の、アウスタリアスCM撮影が幕を開けたのだった。

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