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第二幕ー②

 2年生になった。


 僕のクラスは一学年に一つの特進コースなのでメンバーに変化はほぼない。何人かがついてこられず普通クラスに転入したくらいで。

 さて、よりよい大学に進学するのが目的のA組においては、そろそろ狙いを定めて塾を選択し、模試にも積極的に参加するのが理想だろう。


 そんな中で僕と雲雀は浮いていた。昼食を済ませパソコンを取り出し、プロットとにらめっこしている僕を退屈そうに彼女は見ている。

『新入部員くるかなあ』

「カントクなんかアテがあるような感じだったけどね。凜ちゃん次第じゃない?」 


 雲雀がパソコンを勝手に畳んだ。こっちむけと言うことだろう。

『凜ちゃんになりきってわかった』

『彼女はやなやつだ』


 声によるコミュニケーションができないから、僕が作業してると会話は停滞しがちだ。

「僕の書いたヒロインを貶すなよ」

『腹黒 陰湿 あれに惹かれて演劇やってみたい人がいるかな』

「新入生はどうでもいいじゃん。誠司先輩に刺されば」


 なりふり構わない凜の恋心は、雲雀の心境とリンクし、一定の効果を得た。と僕は見ている。

『せーくんなんも変わんない 多分眼中ない』

『それに新入生大事』


 さて、以前より内情に詳しくなってしまった今、雲雀がそう感じるのもわからなくはない。

「そうかな。抱きついてたとき顔を赤くして……っと」

 噂をすれば、なのかな。まさかのご本人登場である。

「お疲れ様です。誠司先輩」 


 クラスの女子達が色めき立つ。やっぱモテるんですねこの人。流し目の集中線が彼を取り巻き、実に居心地が悪い。


「おう、邪魔して悪いな」

『何用だ』

 突然のイベントに面食らったのか、雲雀は僕に画面を向けたままだ。読み上げボタンを押してやることでようやく先輩にも返事が届く。


「雲雀。今日覚えてるよな?」

『忘れてないから』

『ちゃんと行くから』

 二人の予定なら二人で話せばいいのに。わざわざ彼女は僕にも理解できる方法で会話をしている。


「ならいい、けど、俺今日付き添えなくなったんだ。すまん」

『別に 不便はない』

 雲雀の返事はそっけない。機械音声のせいで余計に無愛想に感じる。

『もう長いし 慣れてるし』

「でも、いざってときに誰か近くにいた方が。……瑠璃は仕事か?」

『だから一人で平気』


 どんどん彼女の態度は険しくなっていく。声が出せたなら荒げているのだろうか。

『せーくんは過保護です』 

 察するに、二人で出かける用があったが、誠司先輩が行けなくなり、雲雀を一人で行動させるのはリスクであると先輩は感じている、と。


『紡くん いこ』

『授業始まる前にれもち買おう』

 れもちとは雲雀お気に入りのはちみつれもんてぃーの略称である。学校の自販機ラインナップでは多少値が張るため愛好家しか飲んでいないとの噂。


「……とにかくすまん。ちゃんと行くんだぞ」

 客人を置き去りに、雲雀はのしのしと教室を出て行く。

 呼ばれたから付き従うけど……彼の方を振り返ると、やはり心配と顔に書いてある。


 そして入り口には、違うクラスの佐倉さんが怪しげな笑みで立っていた。

「どうしたの、なにか用あった?」

「ふっ、痴情のもつれに出くわしたから観察してたのよ」

 僕と雲雀と誠司先輩で修羅場ってると思ったのだろうか? 毎日部活で顔を合わせているのに。


「悪趣味だなあ」

『ちーちゃん自販いこ』

『れもちかお』

「紡のおごり?」

「なんで? おごらないよ、雲雀も○棒出さないで」

「あたしコーヒーね。甘いのいらんよ」

『紡くんありがとう』

「だからさあ」


 不満を言う僕を無視して、女子二人は一歩先へ行く。

 自販機にたどり着き一旦僕が支払い、あとで電子マネーでの精算を約束したのに、案の定返金はされなかった。




 部活紹介の動画は再生数がわかるようになっている。長尺のわりには多くの人に興味を持ってもらえているようだった。カントクはああ言ったが、演技の妙に触れてもらう前にまずクリックしてもらう必要がある。やはり見目麗しい男女がサムネになっていると効果覿面だ。


「とりあえず入れてみるかぁ? 合わない奴は勝手に辞めてくし」


 やる気ない奴に割く時間は無駄、というポリシーのカントクも部室の天井を眺めながらぼやいている。目頭には深い皺が寄っていた。


 舞台上の華々しい場面は演劇部全体のごく一部であること、大半は地味な作業の積み重ねであり、誰もが主役になれるわけではないことをいちいち説いているのが相当堪えているようだ。


 体力作りのためのトレーニングも、役者をやりたければ避けて通れない。準運動部などと評されるほど、演劇部や吹奏楽部は肺活量を鍛えるための訓練が欠かせない。それを踏まえて入部したければ数日後にまた来て欲しい、と伝えているようだ。


「切っ掛けくんは誰の前にも思いも寄らぬタイミングで訪れる。それが人生を変える第一歩かもしれない。前も言ったけど、門前払いはしなくていいんじゃない?」

 とは言いつつも、僕自身はどうでもいいと思ってしまっている。今更二人の脚本に新キャラが絡んでいけはしないだろう。


「でもさ、入ってみてやっぱ違うってなるよりは、最初に現実を教えてやる方が優しくねーか?」

「一理あるけども」


 カントクの威圧的な風貌でそれをされると、気の弱い人は誰も入って来られなそうだ。

「軽んじるわけではないけど、やっぱり学校の部活じゃない。お金を取って演じるプロじゃないんだからさ、色んな人がいていいんだよ。たぶん」

「勝ちてえんだよな。イイ役者がいるし、裏方の能力も双葉や商科大附に負けてねえはずなんだよ。俺たちの作品は」


 彼が挙げたのは、常和高校が関東に進出するための大きな壁になる二校。どちらもマンモス校で、公立のうちなんかとは部員数も桁違い。外部から指導員も招くほどだから、芸術系文化部に懸ける期待は相当なのだろう。


「俺は雲雀と誠司先輩を中学の頃から見てきたが、前回の劇には特に手応えを感じている。あの二人をよく知るお前がホンを書いたからだよ」

「そっかぁ」

 急にこちらを褒めるものだから、宛先が自分だとわからずに受け取り損ねた。


「だから新入生、って言われてもピンとこないんだよな。このまま余分をそぎ落として突き詰めたい、って思っちまう」

 ただの部活だからこそ、役回りは与えないといけない。裏方だろうと部員である以上は働いてもらうことになる。当人の希望に添えないことも多々あるだろう。


 でも。


「余分だと切り捨ててしまったら、後には何も残らないんじゃないかな」

「……お前の言うとおりか。我々の素晴らしい劇に感化された誰かが、またよりよい歴史を作るかもしれない」

 出会ってから1年にも満たないが、彼が意見を曲げるところなど見たことがなかった。それほど悩んでいるのだろうか。


「後輩達が憧れちゃうようなすごい芝居をやろうよ」

「熱いね。ミスターポーカーフェイス」

「君が弱気になってるからだよ」

「なんかなー。知り合いが一人入ってきそうなんだけど、今までの付き合いを思うとな。厳しく指導できるかとか考えちゃうのよ」

「別に厳しくしなくても人は育つ」

「いーや鞭は必要だね。お前らが飴ちゃん舐めて和んでる間にも、鞭をぴしぴししてスケジュール管理しないとなのよ」


 損な役回りだし不器用な生き方だと思う。

 でも、その情熱を一点に向けられるほど夢中になれるなんて、本当に羨ましい。


そんなことを彼と話してから数日が経った。意見は様々あるだろうが、カントクは入部希望者全員に律儀に説明を果たした。即入部とならず時間を置いて、それでも演劇部がいいと選んでくれた人は歓迎したい。


 部室に並ぶ新顔五人。

 驚きを隠せない。


「なっ、なんでおにーさんがここに!?」

「僕の台詞なんだけどね」


 そういえば伝えてなかったか、と思う。なんなら奏も知らないかも。

 入部希望者と紹介された中に見慣れたツインテールが漂っている。いや、同じ学校に入ったのだから不思議なことではないけれど。


「帷ちゃん、中学では新体操部でしょうが」

「おにーさんこそ、どうして急に演劇部に? ダメですよ演技とかぜったい向いてないんだから」


 自分でも適正はないと思うが、ダメゼッタイと言われてしまうと強がってみたくなる。

「ふっ、今まで君に見せてきた僕は仮初めの姿だったのだ。友人の兄としての役回りを演じていただけ……」


 そもそも人間とは人格とはラベルで括れるようなものではなく常に多面的で見る角度が違えば光り方もまた違うのだとしたり顔で言おうとしたのだが


「棒読みですよおにーさん」

 と一蹴されてしまったので心の中にとどめておく。


「なんだお前ら面識あんのか」

 旅先で地元の仲間に偶然会ったみたいな。僕も帷ちゃんも、そしてカントクも目を丸くしていた。あたかも身内にそうするように、帷ちゃんの肩に手をぽんと載せる。


「君こそ、帷ちゃんの知り合いなの?」

「あーこいつ、俺の妹なんだよ」

「……もう違うし」

 拗ねた態度でぼそっと言う。もう?


「三好帷って言うんだ。初心者だけど、要領はいい方だと思うから、優しくしてやってくれな」

「アツシくんうるさい。自己紹介くらい自分でやるよ」


 僕も混乱していたが、周りの部員はもっとだろう。帷ちゃんは僕を「おにーさん」と呼びながら、実はカントクの妹で? 姓は違っているけど親しそうで?


「三好帷と申します! ご紹介いただいた通り経験はありませんが、一生懸命演劇に打ち込んでいきたいと思います。どうぞよろしくです!」

 勢いよくお辞儀をしすぎたために、ツインテールが意図せずカントクの顔をべちっと叩く。


「いてっ。お前、いつまで伸ばしてんのこれ」

「好きで伸ばしてるの。ハゲは黙ってて」

「俺は好きで剃り上げてんのよ」

 兄妹? のやりとりを見ていたみゆき先輩がたまらん笑みを浮かべていた。

「ふぅ……また可愛い後輩ができた」

「先輩、最初はお手柔らかにね」


 今すぐにでも撫でにいきたそうだった。先輩は小動物系の女の子に目がないのだ。

 帷ちゃんばかりに注目していても仕方ない。それぞれが自己紹介して、新入生の顔と名前は覚えた。そして、こちら側からも。


「舞監の関根です。全体をまとめ上げ劇を作るのが仕事ですよろしく」

「西城紡です。2年。一応脚本やらせてもらってます。よろしくどうぞ」

「脚本……なるほどぉ」

 どうやら納得いってくれたみたいだ。よっぽど僕が役者をやっている姿が想像できなかったのだろう。


「えー神田誠司です。みなさん入部してくれてありがとう。俺は秋までしか関われないけど、みんなで良い舞台になるようがんばっていこう」


 さわやかオーラが部室に散布され新入生の緊張が解けるのを感じる。

 新入部員の――というか演劇部は男女比率が女子に傾きがちで、イケメン役者が先輩にいたらどうしても憧れてしまうんだろうな。


 先輩は熱っぽい視線に当てられている。僕はつい、雲雀の方を気にしてしまうけど。

 あっ、ほっぺ膨らんでる。かわいい。


「じゃあ今日は歓迎会もかねて……お互いのことを知るためにも、ちょっとした飲み会をしようか」

 部室にお菓子とジュースを持ち込んで、乾杯。毎年やってるらしいよ。中途採用だから知らなかったけどね。


 迎え入れる側になったんだな、と思った。演劇のことはまだわからないことだらけだけど。

「彼女は主演女優の大森雲雀。演技のとき以外は声がでない設定だからみんなイジっちゃだめだぞ」

『設定ゆうな』

「こうして話したいときにはタブレットで喋ってくれるからね。最初は戸惑うけどすぐに慣れるから。キャラ作りだから付き合ってあげてね」

『こちらの意地悪な男性は西城紡と言って邪険にすると脚本でぼろくそに書かれてしまうからみんなも気をつけてね』


 こうやって、からかい混じりに彼女の通訳をするのは上手くなったと思う。仲介を挟むことで、少しでも雲雀に向けられる不信感を、疑いの目を、減らせればいい。


「言い過ぎたってごめん。なんか喉が弱くてケアに気を遣ってるんだって。ほら、みんなに飴ちゃんあげな」

 雲雀は、新入部員に友好の証を配りはじめる。掴みはオッケー、みたいだ。

 僕にもくれよ、と思ったが彼女は次々繰り出される質問に答えるので忙しくなる。


 盛り上がりはじめたのでそっとフェードアウトすることに。

「カントクがリアル兄? 紡とはただならぬ関係? ふぇーなにそれおもろ」

 佐倉さんは好奇心を原動力にカントクに突っかかっていた。


「親父の再婚相手の連れ子だったんだよ。それで6年くらい一緒に住んでたの。だから妹扱いなの」

「僕の妹の親友なんだ。奏ちゃんのおにーさん、ということで呼称がああなってるだけだよ」


 弁明もかねて会話に参加する。1年生達はやっぱり役者に興味があるようで、主演二人と主に会話している。だからいつもの裏方チームで乾杯をすることに。


「でも今は別姓なんだね」

 うお、家庭の事情にぐいぐい踏み込んでいく。

「数年前に離婚したからな。まったくどうしようもない親父だよ」 


 以前雑談の端っこで耳にしたことがある。カントクのお父さんはそれなりに名の通った役者だそうだ。その経歴を辿ってみたときに真っ先に飛び込んでくるゴシップが、女性関係の激しさなのだから彼が厳しく言うのもわかる。


 が、私生活の乱れとは対照的に俳優としての評価はすこぶる高い。人気も実力も兼ね備えている。魅力的な人なのだろう。


「久しぶりに連絡してきたかと思えば、常和に合格した。演劇部に入るってよ」

「感動の再会ってわけだ」

「やる気があるならいいんだけどな。どうして急に演劇なのやら」


 カントクは心当たりがないようだが、帷ちゃん側の話も聞いている身としては……思い当たる節がいくつもある。

 けれど、僕が触れたりほじくり回すべきではないのだろう。ようやくスタートラインに立った少女の集中を乱すような真似はしたくない。


「……で、紡とは何もないの?」

「僕は彼女と何度も食卓をともにしているけれど、演劇部であることをうっかり言い忘れていたくらいには何もないよ」

「じゃあ偶然なんだね。不思議な縁もあるもんだ」


 とは言うものの内心はどうか。薄ら笑いでカントクを観察している。要チェックの対象になったようだ。


「この広い宇宙船地球号で同じ国の同じ年代に生まれ、学校の部活と言う狭いコミュニティで出会ったこれはもう偶然と言う名の必然。ともすれば奇跡なのでは」

「うるせーな紡きもいよ」


 トークテーマを変えようと、僕は脳内に刻まれた中二ポエム集から佐倉さんの好きそうなのをチョイスしたがお気に召さなかったようだ。

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