影の群れ
影の群れが一斉に襲いかかる。
その数は数十を超え、結界の闇の中では際限なく湧き出しているように思えた。
ガルドが最前に出て、大剣を振るった。
重い鉄のような音が響き、数体をまとめて叩き伏せる。
だが黒い血を流しても、倒れた影はすぐに瘴気に覆われ、立ち上がろうと蠢く。
「斬っても斬っても、止まりやしねぇ……!」
それでも彼の一撃が道を切り開く限り、仲間は前に進めた。
その影を射抜くように、リーナの矢が走る。
的確に膝や腕を撃ち抜き、動きを鈍らせる。
「再生するなら……動けなくすればいい!」
連射された矢が次々と影を地に縫い止める。
彼女の背から双剣が一瞬、紅く光を帯びたが――リーナ自身は気づかない。
背後を狙った影を、ハルトの長剣がはじき飛ばした。
訓練で叩き込まれた芯が生き、体が勝手に仲間を守る位置へ動いていた。
「守る……それだけは絶対に譲らない!」
彼の剣は力強さこそ未熟だが、誰よりも迷いなく仲間を庇う刃だった。
セリスは震える喉で詠唱を繋ぐ。
「光よ……彼らを導いて!」
淡い聖光が仲間の痺れを払い、呼吸を楽にする。
だが何度も使える術ではない。杖が熱を帯び、彼女の指先を焦がしていく。
「……あと、何回……持つの……」
その弱音を噛み殺し、必死に立ち続けた。
リュシエルは迷いなく前線に躍り込み、短剣で影を切り裂いた。
動きは鋭く、風のように軽い。
彼女の刃は瘴気に侵された肉を裂き、心臓を穿ち、影の動きを止めていく。
「弱点はある。必ず……切り崩せる!」
五人の動きが重なり合い、影の群れを押し返す。
だが――そのすべてを見下ろすヴェルネの赤い瞳は、微塵も揺らがなかった。
「滑稽ね。抗ってはいるけれど……あなたたちはまだ“入口”にすら立っていない」
彼女が指を鳴らすと、地の底から瘴気が噴き上がり、影の群れが一斉に形を変えた。
骨が軋み、皮膚が裂け、異形の爪と翼が生える。
呻き声は獣の咆哮に変わり、影はさらに凶暴な魔と化して襲いかかってくる。
「っ……まだ変わるのか!」
リーナの矢が一本、震えた。
ヴェルネは微笑んだまま、冷ややかに告げる。
「さあ、見せてちょうだい……その小さな決意が、本当に“秋”を越えられるのかを」