表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/127

秋の国の宝具

 夜明けの光は森に届かない。

 頭上の木々は黒く染まり、枝葉はまるで血を吸ったかのように赤黒く輝いていた。

 足元の土は湿り、瘴気が濃く立ち込めている。


 オルドは先頭に立ち、じっと前を見据えていた。

「……近ぇな」

 その声に、誰もが無意識に剣や杖を握り直す。


 リーナは矢を一本抜き、震える指で弦にかけた。

「空気が……重すぎる」

 弓を持つ腕にまで瘴気が絡みつくようだった。


 ガルドは大剣を背から抜き放ち、地面に突き立てる。

「こいつは結界か。森が生き物みてぇに俺たちを拒んでる」


 セリスは額に汗を浮かべながら、杖を抱きしめる。

「……《星輪の杖》が……震えてる」

 澄んだ鈴音のような響きが耳に届き、胸の奥をざわめかせた。

 瞬間――彼女の視界に、断片的な幻が映る。


 血に濡れた石の回廊。

 鎖に縛られ、声なきまま倒れる人々。

 その中心で、黒衣の女が笑んでいた。


「……ヴェルネ……!」

 セリスの声が震える。


 リュシエルが隣に歩み寄り、短剣を握ったまま問いかける。

「視えたの?」

 セリスは小さく頷いた。

「ここを越えた先に……彼女がいる」


 その名が告げられた瞬間、森を覆う靄がざわりと揺らめいた。

 瘴気が渦を巻き、地面の根が不気味に脈動する。

 森そのものが、彼らを拒絶している。


 オルドは木剣を肩に担ぎ、唸るように言った。

「秋葬ヴェルネ……元は宮廷の魔導師だった女だ。だが今は、瘴気そのものを操る黒羽の幹部。

 この結界は奴の腹の内だ。進めば、戻る道はねぇぞ」


 誰も口を開かなかった。

 ただ、それぞれの胸には夜営で誓った決意が燃えていた。


 ハルトが長剣を抜き、刃を握り締める。

「なら……行くしかない」


 焚き火の余韻を残した仲間たちの瞳が、同じ一点を見据える。

 ――森の奥、ヴェルネの待つ場所へ。


 瘴気の渦が裂け、闇の回廊が口を開いた。


 結界の手前で、オルドは歩みを止めた。

 腰に差した双剣を静かに抜き放ち、その刃を見つめる。


「……ここで、俺の役目は終わりだ」


 仲間たちが振り返る。

 リーナが不安げに問う。

「どういうこと……?」


 オルドは口元をわずかに歪め、双剣を組み合わせた。

 金属が嚙み合い、二振りはしなやかな長弓へと変わる。

 弦が鳴り、秋風のような澄んだ響きが森に広がった。


「これは“秋の国の宝具”。

 双剣として今を切り裂き、弓として未来を射抜く。

 ――この国がまだ健やかだった頃、俺は先人から託された。

 『真の継承者が現れるまで守れ』とな」


 リーナは息を呑む。

「宝具……それを、オルドが……」


「ああ。だが俺は預かり手にすぎねぇ。

 この刃は、ずっと持ち主を探していた。……そしてようやく見つけた。

 リーナ。おまえだ」


 彼女の胸が熱く震える。

 差し出された宝具を握った瞬間、弦が澄んだ音を響かせ、淡い光が散った。

 その音はまるで、彼女を迎えるかのように。


「……私が……」

 リーナの声は揺れたが、瞳は真っすぐだった。

「私が、これを振るう」


 オルドは満足そうに頷き、背を向ける。

「それでいい。ここから先はおまえらの戦いだ。

 俺ができるのは、ここで見送ることだけだ」


 リーナは胸に宝具の重みを抱きしめ、仲間たちと共に結界の奥へと歩みを進めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ