根深い瘴気
森を覆っていた瘴気は薄らいだ。
だが安堵はなかった。仲間たちは全身に傷と疲労を抱え、重い息をつきながら焚き火の周りに腰を下ろした。
火は小さく、煙が立たぬように枯枝を細かく折って燃やす。
夜の森はなお冷たく、影の奥からは何かがこちらを窺っている気配が消えなかった。
ハルトは長剣を膝に置き、砥石を滑らせる。刃の欠けは深く、戦いの激しさを物語っていた。
「……あいつら、人だったんだよな」
呟く声は低い。剣を研ぐ手を止めることはなかった。
ガルドは大剣を背に立てかけ、黙って火を見つめていた。
やがて短く言う。
「俺たちが斬ったのは、ヴェルネが捨て駒にした者たちだ。……けど、罪の重さは消えねぇ」
リーナは矢羽根を指で直しながら、眉を寄せていた。
「矢を放つたびに思うの。あの兵士たちにも家族がいて、笑った日があったんだろうって。
……ヴェルネはそれを全部、踏みにじった。絶対に許せない」
リュシエルは傷を布で拭きながら、静かに双眸を閉じる。
「ヴェルネが何を信じて堕ちたのか……まだ分からない。でも、あの人の術は国を枯らす。
彼女を止めるのは、誰かじゃない。……私たちの役目」
セリスは焚き火の前に杖を置き、膝を抱えていた。
声は小さく震えていた。
「……また“視えた”の。あの瘴糸が、もっと奥へ伸びていた……。
倒しても倒しても、根っこがある限り、あの人は止まらない」
オルドは背を木に預け、腕を組んでいた。
「根は深ぇ。だが、断てば必ず倒れる。……だがよ」
火に照らされた瞳が鋭く仲間たちを射抜く。
「覚えとけ。明日からは訓練じゃねぇ。生きるか死ぬかの一線を踏み抜く。
ヴェルネに呑まれるのは、弱気になった瞬間だ」
火がぱちりと弾けた。
誰も返事はしなかったが、焚き火を囲む瞳には同じ炎が宿っていた。
――必ず、ヴェルネを止める。
それぞれが心に誓いながら、短い眠りへと身を沈めていった。