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異形のもの

 異形は倒れない。

 裂けたはずの肩口が、黒い肉の糸で縫い合わさるように蠢き、口の数が増えていた。


「下がるな! 押し返せ!」

 オルドの声に呼応し、ガルドが大剣で正面から噛みつく顎を叩き伏せる。地面が揺れた。


 リーナの矢が連続で放たれる。1本、2本、3本――矢じりが肉に沈むたび、異形の皮膚がぐにゃりと歪み、矢を呑み込んだ。

「やっぱり通らない……!」

「牽制に回れ!」ハルトが叫ぶ。彼は長剣で横腹を切り裂き、滲み出る瘴気を浴びながらも踏み込んだ。


 その刹那――裂傷の縁から、蛭のような黒い塊が3つ、ぬるりと産み落とされる。

 背後、セリスの方へ跳ねた。


「来る!」

 リュシエルが身を翻し、短剣で1体を床に釘付ける。残る2体がセリスへ――


 杖が震え、耳の奥で澄んだ鈴音が鳴った。

「……見える……!」

 セリスの視界に、異形たちの内部を走る黒い糸が浮かぶ。元の躯体と蛭――それらは1本の「瘴糸」で繋がり、さらに森の奥へ伸びていた。


「糸を断って! 胴じゃない、繋がってる線を!」

 セリスの警告。リーナは即座に双剣へ持ち替え、跳ねかかる1体の進行を刃の交差で絡めて断つ。蛭が痙攣し、灰のように崩れた。


「もう1つ!」

 リュシエルは短剣を逆手に握り、地を滑るように踏み込み、蛭の根元――見えざる線が集まる一点をそぐ。黒い糸が弾け、瘴気が霧散した。


 正面では、ガルドとハルトが巨体を止めている。

「押さえる!」

 ガルドの大剣が肩口にめり込み、骨ごと軋ませた瞬間、ハルトが低く息を吐く。

「いく――今だ!」


 リーナの矢が再び飛ぶ。今度はただの狙撃ではない。矢羽根に絡めた麻紐が、異形の腕と胴の間で絡み、動きを1秒だけ縫い止めた。

「拘束、1秒!」

 短い合図。


 セリスの詠唱が重なる。短い、しかし確かな声。

「痛みを鈍らせ、足を戻せ――」

 加護が走り、2人の足取りが一瞬だけ軽くなる。


 ハルトの長剣が横へ、ガルドの大剣が縦へ。

 十字に走る刃筋が、胸の内で脈打つ黒い核をあらわにする。

「抜く!」

 リュシエルの短剣が、露わになった瘴核とそれに繋がる黒糸をまとめて断ち割った。


 絶叫。

 巨体がのけ反り、彼方の木々まで揺らすほどの衝撃とともに崩れ落ちる。肉はたちまち乾いた葉のようにしぼみ、黒い粉となって散った。


 ――終わりではなかった。


 倒れた躯の裂け目から、細かい影が無数に溢れ出す。

 虫とも鳥ともつかぬ、紙片のように薄い影が群れとなって舞い上がり、隊を包む円を描いた。


『いいわ、その調子。もっと見せて』

 ヴェルネの声が風のない闇を撫でる。


「囲まれる!」

 リーナが弓へ戻り、矢筒から3本つがえる。

「3、2、1!」

 声と同時に3方向へ矢が弾け、影の輪に穴が空く。ハルトがその裂け目へ突入し、長剣の風圧で薄影をまとめて叩き落とした。


 しかし影は減らない。

 セリスが喉を抑える。聖癒光環の詠唱が喉の奥に浮かんだ――が、彼女は首を横に振った。

(今じゃない……今切れば、次がない)

 代わりに、短い詞を重ねる。

「輪よ、護れ」

 足元に淡い光の輪が瞬き、仲間の肩と膝の強張りがわずかに和らぐ。


 リュシエルは短剣の柄を握り直し、影の流れを「見る」。

 (動きに、癖……ある。右回り、3秒で波が来る)

「3秒後、右から厚い!」

 合図。

 ガルドが身を入れ、大剣を払う。重い一閃が影の厚みを切り離し、リーナがその空隙へ矢を流し込む。

 ハルトは逆側で受けに回り、光輪の加護を頼りに細かな襲撃を捌き切った。


「セリス、糸だ。核に繋がる糸は見えるか!」

「……待って……いま、揺らぎが――」


 《星輪の杖》が高く澄んだ音を立てる。

 セリスの瞳に、森の奥――枯れた巨樹の根元へ伸びる太い黒糸が視えた。影の群れはその糸から供給を受けている。

「根っこ! あの枯樹の根元に“繋ぎ”がある!」


「道、作る!」

 リーナが双剣に戻り、影の壁へ刃で道を刻む。

 ハルトがその背を守る。

 ガルドは殿に立ち、押し寄せる影を大剣の薙ぎでまとめて地へ落とす。


 枯樹の前。

 根の間から、黒い瘴糸が束になって脈打っていた。

「ここだ!」

 リュシエルが短剣を滑り込ませ、最も太い糸に刃を添える。

 しかし、抵抗が固い。まるで金属の線を切ろうとするかのように刃が弾かれた。


「硬い……!」

「合図をくれ!」ガルドが叫ぶ。

「3秒、合わせる!」セリスがカウントを刻みはじめた。

「……1、2――」


「3!」

 ガルドの大剣が打ち据え、一瞬、黒糸がたわむ。

 同時にハルトが長剣で裂け目を拡げ、リーナの双剣が細い束を梳き落とす。

 最後に、リュシエルの短剣が核の芯――心線を正確に断ち切った。


 静止。

 次いで、影の輪がぱんと弾け、墨を流したように四散する。

 森を圧していた重さが、わずかに軽くなった。


『……上出来。さすが宮廷仕込みの“刃”たち――いいえ、今はただの流浪かしら』

 ヴェルネの声が遠のく。

『でも、秋はこれからよ。葉は落ち、土に還る。あなたたちも、いつかね』


 気配が消える。


 全員、同時に息を吐いた。

 セリスは杖に身体を預け、喉を押さえる。

 オルドがちらりと視線を寄越す。

「切り札は温存したな」

「……次に、残しておきたいから」

 掠れた声。それでも、揺らぎはない。


 リーナは双剣を収め、弓に手をやる。

「糸を断てば、通じる。次も、やれる」

 ガルドは無言で大剣の背を叩き、ハルトは刃先の瘴気を払い落とした。

 リュシエルが短く頷く。

「進もう。糸の根は、まだ奥にある」


 森は静かに彼らを見送った。

 秋葬の気配は消えた。だが、根はまだ生きている。

 その先で、彼らは本当の「秋」と対峙することになる。

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