胸に灯る決意
黒羽の羽根が残した不穏な気配――。
初討伐を終えたハルトは、失われた記憶と黒羽の影がどこかで交わるような予感に胸をざわつかせる。
眠れぬ夜、リュシエルと交わした言葉が、彼の心に小さな決意を灯していく。
その想いは、やがて女神の短剣〈ルミナスブレード〉へと繋がる一歩となる――。
夜が街を静かに包み込んでいた。
蒼風ギルドの宿舎の窓から漏れる灯りが、冷えた石畳を淡く照らす。
大霊灯の光だけが、月なき空の下でかすかに瞬いている。
――黒羽。
あの黒い羽根の冷たい輝きが、いまだに脳裏から離れない。
ハルトは寝台に横たわりながらも、幾度も目を閉じては開いた。
森で感じたあの殺気。あれは、ただの獣の気配ではなかった。
胸の奥に、得体の知れない不安が広がっていく。
リュシエルの言葉、ガルドの警告。
どれもが、自分の中に眠る何かを刺激していた。
――記憶を失った自分と、あの黒羽。
もしかすると、無関係ではないのではないか。
そんな考えが離れず、眠気は遠のくばかりだった。
風が柵を揺らし、かすかな音を立てた。
ハルトは身を起こし、窓を開ける。
冷たい夜気が頬を撫で、胸の奥まで透き通るような静寂が満ちていく。
そのとき――扉が、そっと軋んだ。
「……眠れないのね。」
振り返ると、銀紫の髪が灯りに揺れた。
リュシエルが寝間着のまま立っていた。
夜の光を受けたその姿は、どこか儚げで、それでいて凛としていた。
「まあな。」
ハルトは小さく笑い、窓の外に視線を戻した。
「さっきの羽根が頭から離れなくて。」
リュシエルは静かに窓辺に歩み寄り、外の光を見上げる。
「黒羽は各地で女神の加護を弱めようとしている。
彼らの動きは、私にとっても……他人事じゃないの。」
その横顔に、ハルトは言葉を失った。
彼女の蒼い瞳の奥に、微かな悲しみと決意が宿っている。
「リュシエル……君にも、黒羽との因縁があるのか?」
少しの沈黙のあと、彼女は小さく頷いた。
「ええ。私は――女神の力を守る者の血を継いでいるの。
だからこそ、彼らを許せない。幼い頃からずっと。」
夜の静寂に、彼女の声が滲んでいく。
その言葉は、祈りのようであり、誓いのようでもあった。
ハルトは、胸の奥に何かが灯るのを感じた。
自分の過去を取り戻すために旅をしている。
けれど――それだけじゃない。
この世界を覆う闇に立ち向かうこと。
それが、今の自分の存在理由でもあるのだと。
「……俺も、逃げるわけにはいかないな。」
そう口にした瞬間、リュシエルが穏やかに微笑んだ。
「あなたらしい言葉ね。」
その笑みは、夜の大霊灯よりも温かく、確かな光を帯びていた。
二人の間に流れる沈黙は、不安ではなく――静かな絆のように感じられた。
窓の外で、風が白い花の香を運んでくる。
ハルトは空を見上げ、そっと息を吐いた。
――この旅路の先に、何が待つのか。
記憶の欠片も、黒羽の影も、まだ霧の中だ。
だが確かに、自分はもう迷ってはいない。
夜の静寂の中で、ハルトの瞳に小さな決意の炎が宿っていた。
黒羽の存在が、ハルトにとって「記憶を取り戻す」だけでは終わらない旅の意味を与えはじめました。
リュシエルの胸に秘められた女神との絆、そしてハルトがこれから選ぶ道。
二人の物語が少しずつ深みを増していく瞬間を書きながら、自分も胸が熱くなりました。
次回はいよいよリュシエルが〈ルミナスブレード〉を携える理由に触れていきます。
これからも二人の歩みにぜひお付き合いください。