短剣と双剣
夕闇が落ちる頃、リュシエルは焚き火の前に立っていた。
手にした短剣の刃が、橙の光を映す。
オルドが向かい合い、双剣を抜いた。
「嬢ちゃん、その剣は強ぇ。だが強さは時に呪いになる。……振り回されるか、振り抜くか、今日決めろ」
リュシエルは静かに頷き、短剣を構えた。
「私は……仲間を守るために振るう」
次の瞬間、火花のように鋼がぶつかる。
オルドの双剣は重く速い。受け止めた刃がきしみ、腕が震える。
一撃、二撃、三撃。押し込まれるたびに膝が土を抉った。
「力に呑まれる者の目を、俺は何度も見てきた……!」
オルドの剣圧に押し潰されそうになりながら、リュシエルは必死に歯を食いしばる。
「……私は、呑まれない!」
短剣を振り上げ、横薙ぎに受け流す。火花が散り、オルドの剣筋がわずかに外れる。
その隙に、彼女は一歩踏み込んだ。
刃を振るいながら心の奥で叫ぶ。
――私は一人で戦うんじゃない。
――仲間と共に、この刃を握るんだ。
短剣がオルドの懐に迫る。
だが、老人の双剣が寸前でそれを止めた。
オルドは力で押し返さず、目を細めて笑った。
「……その目だ。刃に呑まれず、刃を従える。仲間を守る剣士の目だ」
リュシエルは荒い息を吐き、短剣を下ろした。
その掌は汗で濡れていたが、握る手は確かに強くなっていた。
夜明け前。リーナは弓を背に、いつものように矢をつがえようとした。
だが、その手をオルドが制した。
「弓はいい。今日はそれを捨てろ」
「……え?」
老人は背の袋から二振りの短い剣を取り出し、彼女に放り投げる。
「戦場は距離を選ばねぇ。矢が尽きればどうする。間合いを詰められたらどうする。……死ぬだけだ。だから双剣だ」
リーナは戸惑いながらも、両手に冷たい柄を握った。
重さが違う。矢を放つときの静けさも、狙い澄ました一瞬の集中もここにはない。
「私には……弓しか……」
「それが甘えだ!」
オルドの怒声と同時に、双剣が襲いかかる。
必死に受け止めたが、衝撃で腕が痺れた。
弓なら狙える距離でも、刃の間合いではどうにもならない。
受けては押し込まれ、転がされ、立ち上がればすぐに弾き飛ばされる。
「どうした混じりもの! その程度で矢がなくても戦えるって言えるか!」
「……っ!」
胸を突くその言葉に、悔しさが込み上げる。
ずっと背負ってきた名。逃げたくて、弓にすがってきた。
――でも、ここには仲間がいる。
倒れ込んだ泥の中から立ち上がり、リーナは双剣を構え直した。
腕は震えていたが、その目には燃えるような光が宿る。
「弓がなくても……戦える! 私の居場所は、ここにある!」
叫びと共に踏み込み、オルドの一撃を受け流す。
刃と刃が火花を散らし、リーナの双剣が初めて空を裂いた。
オルドは一歩退き、わずかに笑った。
「……そうだ。その手に握ったものが何であろうと、おまえは戦士だ」
リーナは息を荒げ、剣を下ろす。
その胸には、弓にすがるだけではない、新たな覚悟が芽生えていた。