騎士と歌姫
昼下がり。
重い丸太を振り下ろす音が、森に響いていた。
オルドは腕を組み、無言で見ていた。
「……力は申し分ねぇ。だが力だけじゃ瘴気は斬れん」
ガルドは短く息を吐き、丸太を投げ捨てると剣を抜いた。
その目には迷いはなく、ただ真っ直ぐな光が宿っていた。
「どうすればいい」
オルドは枝を拾い上げ、軽く振った。
枝先が空を裂き、涼やかな音を残す。
「“斬る”んじゃねぇ。“断つ”んだ。気配ごと、風ごと。……おまえの剣なら届くはずだ」
ガルドは黙って頷き、剣を振った。
最初は重い衝撃音ばかり。
だが繰り返すうちに、刃が空気を裂き、わずかな響きが残った。
――シュッ。
その音に、ガルドの眉がわずかに動く。
感覚を逃すまいと、さらに振る。
汗が飛び、腕が痺れても止めない。
日が傾く頃、彼の剣筋は無駄が削ぎ落とされ、鋭さだけを残していた。
オルドは鼻を鳴らす。
「……ようやく“断つ”剣になりつつあるな」
ガルドは剣を収めると、ただ一言。
「……まだ足りん」
そう言い残し、再び丸太を担ぎ上げた。
その背にオルドは小さく笑みを浮かべる。
「立派な剣士が、さらに化けるか……楽しみだな」
森を覆う朝靄の中、セリスの声が途切れず響いていた。
喉は焼け、胸は痛む。それでも杖を握り、言葉を紡ぎ続ける。
「……はぁ、っ……もう無理……!」
膝をつきかけた彼女に、オルドの怒声が飛ぶ。
「立て、“歌姫”! おまえが沈黙した瞬間、仲間は皆倒れる!」
「だれが……歌姫よ……!」
声は掠れ、涙がにじむ。それでもセリスは声を途切れさせなかった。
オルドはじっと彼女を見据えた。
「いいか。おまえの声はただの音じゃねぇ。仲間を立たせる力だ。嫌おうがどうしようが、それが現実だ」
セリスは唇を噛み、震える声をもう一度吐き出した。
途切れかけの詠唱。それでも仲間を繋ぎとめる力がそこにあった。
「……私の声で……みんなを支える! それが……私の魔導なのよ!」
掠れた叫びは、それでも力強く森に響いた。
リーナは振り返り、ガルドは無言で頷き、ハルトは小さく拳を握りしめる。
オルドは鼻を鳴らし、わずかに笑んだ。
「そうだ。“歌姫”は仲間の盾だ。おまえだけの剣になる」
セリスは涙を拭い、杖を握り直した。
嫌悪してきた名を、胸の奥で受け止めながら――それでも前を向いて。