剣士の顔
夜が明けきらぬうちに、再びオルドの咆哮が森を震わせた。
「立てェッ! 昨日の苦しみで満足してんじゃねえだろうな!」
全身の筋肉が悲鳴を上げる中、ハルトは剣を握って立ち上がった。
他の仲間たちはそれぞれの課題に散っていく。リーナは弓を構え、ガルドは丸太を担ぎ、セリスは杖を握って詠唱を繋ぐ。リュシエルは焚き火のそばで短剣を静かに振るっていた。
その場に残ったハルトへ、オルドは無造作に木剣を投げ渡す。
「今日からはごまかしは効かねえ。剣を振れ! おまえが“空っぽ”なら、芯を見つけ出すまで叩き込んでやる!」
打ち合いは容赦なかった。振れば弾かれ、踏み込めば転がされる。何度も土に叩きつけられ、肺が焼けるように痛む。
それでもハルトは立ち上がった。視界が揺れても、剣を離さなかった。
「弱ぇ! それで仲間を守れるか!」
「……俺は……!」
喉から絞り出す声は掠れていた。思い浮かべられる過去はない。だが、目の前には確かに仲間たちがいる。
リーナは血のにじむ指で矢を放ち続けていた。ガルドは黙々と丸太を振り下ろし、セリスは声を震わせながらも魔力を繋ぎ続けている。少し離れた場所で、リュシエルが短剣を振り、己の想いと向き合っていた。
その光景が、ハルトの胸に熱を灯す。
「……俺には、過去はない! だけど――仲間がいる! それが俺の剣だッ!」
叫びと共に振り下ろした木剣は、これまでと違う鋭さを帯びていた。オルドの木剣とぶつかり合い、甲高い音が森に響き渡る。
一瞬だけ、オルドの眼が細められた。だがすぐに怒声が飛ぶ。
「止まるなァッ! まだ折れるかもしれねぇ芯だ! 立ち続けて証明してみろ!」
ハルトは泥に膝をつきながらも、再び立ち上がった。その瞳には確かな光が宿っていた。空っぽだった心に、初めて“芯”が芽生えつつある。
オルドは口元をわずかに吊り上げ、低く呟く。
「……そうだ。空っぽでも構わねぇ。今を背負え。それがおまえの芯だ」
夕刻、ハルトは全身泥まみれで地面に倒れ込んだ。呼吸は荒く、体は限界を超えていたが、握った木剣だけは放さなかった。
焚き火の前で息を整えていたリュシエルが、小さく呟く。
「……やっと、“剣士の顔”になったね」
セリスはわざとらしく鼻を鳴らす。
「どうせまた無茶して倒れるんだから……」
けれどその声色は、どこか安堵を含んでいた。
リーナは火を見つめ、静かに微笑む。
「やっぱり、悪くない。……あんたと一緒に戦うのも」
その言葉に、ハルトは土にまみれた顔を上げ、弱々しく笑った。
「……なら、俺は……まだ立てる」
その瞳の奥には、昨日までになかった確かな光が揺れていた。