森の双剣老人《オルド》
村のさらに奥――狩人たちでも滅多に足を踏み入れないという大木の根元。
枯れ葉を敷き詰めただけの広場に、小さな焚き火がひとつ。
その周囲には、削りかけの木彫りと、骨や角で作られかけの道具が散らばっている。
焚き火の前に腰を下ろしているのは、白髪ボサボサ、背中は丸く、服はボロ布――しかし。
腰には、《双剣》が提げられていた。
片方は鈍色、片方は氷のように透き通った刃。
ただの老人が持てるような代物ではない。
「――オルドじいさん!」
リーナが真っ先に声を上げた。
焚き火の枝を突いていた老人は、面倒くさそうに片目だけぎょろりと向ける。
「おう……また来やがったか、混じりもんの小娘が」
「はいはい。ただいま。相変わらず機嫌悪いわね」
「帰ってきた覚えも、機嫌がいい覚えもねぇよ」
ぴしゃりと返されても、リーナは意に介さず歩み寄る。
後ろのハルトたちは、距離をとったままその双剣を見て固まっていた。
(……刃物の素人じゃない。抜く気になれば、一太刀で首が飛ぶな)
(構えすらしてないのに、もう“間合い”に入ってる感じがする)
セリスもぽつりと呟いた。
「なんか……この人から漂う圧、ガルドに似てる」
ガルドは腕を組みながら低く返す。
「俺よりはるかに斬る気配だ」
その言葉に、老人はちらりとガルドを見て、鼻で笑った。
「人間の坊主がよう言いやがる。森の剣を相手にしてェなら、いつでも斬ってやるぞ」
「……やめとけ、ガルド。あのじいさん、間違いなく速い」
ハルトがささやくと、リーナだけがくすっと笑った。
「安心して。このじいさん、偉そうなだけでちゃんと話は聞くのよ。ね?」
「聞かねぇ。だが――火の前に来た奴は、追い返さねえ」
そう言って、オルドは枝で焚き火をつついた。
火花がぱち、と弾ける。
⸻
空気は緊張しているのに、どこか温かい。
ガルドが静かに問う。
「森の異変について、知っていることがあるのか?」
オルドは答えず、焚き火を見たまま低く呟いた。
「……森の声が消えた日がある。五年前の秋だ」
リーナの表情が僅かに曇る。
老人は続ける。
「木々がざわめかなくなった。風が流れなくなった。鳥が鳴かなくなった。
――そして森から、一人、女が消えた」
「…………」
誰もが息を呑んだ。
オルドの片目が、火越しに細められた。
「あいつは……もう“エルフ”じゃねえ。秋の精霊と縁を断ち切った“裏切りの魔女”だ」
「秋葬ヴェルネ――」
リーナが絞り出すようにその名を呟く。
オルドは微動だにしない声で言った。
「五年前、わしの弟子たちも、あいつに狩られた。
風や弓の技じゃねえ。“枯死の瘴気”ってやつでな」
焚き火の炎が揺れ、誰もが口を開けないまま――森の空気がひりついた。