森に拒まれた姫
森の奥へ続く小道は、霜と枯葉が交互に敷き詰められたように冷たく、乾いていた。
草木は緑を失い、枝先には赤茶けた葉が揺れている。冬の気配ではない。季節がひとつ――いや、命そのものが抜け落ちたような、異様な静寂。
ハルトたちは足を止めた。
「……もう、フェリオーネの領域に入ったな」
ガルドが周囲を警戒しながら呟いた、その時。
「――止まれ。そこから一歩でも進めば、容赦はしない」
澄んだ声が、木々の間から響く。
枝の上――影が揺れたかと思うと、十数名のエルフの狩人たちが弓を構えたまま姿を現した。矢の先端は寸分の狂いもなく、ハルトたちの急所を狙っている。
「旅の者だ。通行の許可を――」
ハルトが呼びかけたが、狩人たちは微動だにしない。
その中の一人が、じっとリーナを見据え――わずかに眉をひそめた。
「……王家の血を名乗る者がいるな」
空気が張り詰めた。
リーナは視線を逸らさず、静かに応じる。
「フェリオーネ王イグレッタの娘、リーナ。ただし――正妃の血ではないわ。文句があるなら、そう言えばいい」
挑発ではなかった。だが、その口調には長年積もった諦念にも似た硬さがあった。
狩人の一人が鼻を鳴らす。
「ならば“姫”などと名乗るな。半端な血に膝を折る者など、ここにはいない」
ハルトが一歩前へ出かけた瞬間――
「下がって、ハルト」
リーナが制した。声は静かだったが、その背はかつて見た誰よりも真っ直ぐだった。
彼女は狩人たちを見渡し、しっかりと言葉を放つ。
「半分でも、私は森の民。血が薄くとも――矢を射る腕は本物よ。森を守る覚悟も、あなたたちに劣っているとは思わない」
すると、木の上から静かな声が降ってきた。
「――言葉だけなら、いくらでも言える」
最年長らしき狩人が弓を下ろした。
「我らがおまえを迎えることはない。だが、敵と見なす理由もない……ついて来い。森の長老が裁断を下す」
リーナは小さく息を吐き、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「歓迎されないのは慣れてるもの。案内だけでもしてくれるなら十分よ」
隣に立つハルトが、そっと言葉を添える。
「慣れているからといって、正しいとは限らない」
リーナは一瞬だけ目を丸くし――照れ隠しのように小さく笑い、前を向いた。
「そうね。……なら、いつか証明してみせるわ。私は“ただの半端者”じゃないって」
セリスは杖を抱きしめ、小さく呟いた。
「どんな形であれ、誇りを捨てずに立つ人は――きっと誰かを照らします」
リュシエルが風を纏わせながら、小さく言葉を結ぶ。
「風は閉ざされた枝を、いつか撫で解すわ。たとえ今は寒くても」
狩人たちの案内に従いながら、蒼天の刃の一行は森の奥へ踏み入っていく。
木々の奥からは、どこか遠くで鈴のような音が響いた――それが「祝福」か「警告」か、この時はまだ、誰にもわからなかった。