出発
翌朝、帝城の城門前には、ひとときの静寂が広がっていた。
冬の冷気が残る空気の中、紅の外套を翻しながらアレウスが歩み寄る。
その背後には騎士団長をはじめとする帝国騎士たちが整列しており、まるで戦へ赴く将を見送るかのような厳粛さが漂っていた。
「蒼天の刃――これより秋の国フェリオーネへ向かうおまえたちに、帝国を代表して礼を述べる」
アレウス殿下の声は凛と澄み、冬の空気を震わせた。
「ヴァル=ノクトに抗うためには、いずれ我らも剣を取ろう。
だが今は、おまえたちが先陣を切る番だ。……どうか無事に戻れ」
その言葉に、リーナが軽く笑って返す。
「心配しなくても、私たちは意地でも戻るわ。
宴の席で、またあなたをからかうためにも」
アレウスは小さく息を吐き、わずかに苦笑した。
「……それならば尚更、生きて帰ってこい」
セリスもまた杖を抱え、一歩進み出る。
「同盟の誓いは、ここで終わりではありません。
私たちがフェリオーネの脅威を退け、必ず道を繋いでみせます」
ガルドは黙って頷き、炎を宿す大剣の柄に手を添える。
ハルトは長剣の鍔に指を掛けながら、一同を見渡した。
「帝国のみんなの思いは、確かに受け取った。
――俺たち蒼天の刃が、必ず道を切り開く」
その宣言に応じるように、門兵たちが鎧の拳を胸に当て、一斉に敬礼した。
やがて門が開かれる。
雪混じりの風が吹き抜け、街路樹の影が揺れる。
五人は振り返ることなく、そのまま北西へとのびる石畳の道を踏み出した。
* * *
昼を過ぎ、街道はやがて広大な平原へと変わった。
まだ冬の名残を残す草原は低く霜を纏っているはずだった。
だが――。
「……ねえ、あれ」
リーナが足を止める。
草むらの一帯だけが、不自然に色を失っていた。
霜に枯れたのではない。まるで秋の終わりを飛び越え、命そのものが抜け落ちたような――乾いた灰色。
風が吹くと、白ではなく、茶色く枯れた葉のような破片がさらさらと舞い上がる。
ハルトはしゃがみ込み、その一片を指先で摘む。
指で潰すと、灰のように崩れた。
「……季節外れの枯れ葉、か」
ガルドが低く言う。
「フェリオーネは森と精霊の国だ。自然の異変は、まずそこに波及する」
セリスは杖を握りしめ、静かに目を伏せた。
「――秋葬ヴェルネ。枯死の毒を操るエルフ」
リュシエルは風を纏いながら、遠く霞む森の方向を見据える。
「枯葉の風は、本来なら安らぎの季節を告げるはず。
なのに……これは、まるで死の予告ね」
そこへ、ふっとひとひらの枯葉が舞い、リーナの肩に落ちた。
ハルトは静かに長剣に手を添え、仲間たちを振り返る。
「――行こう。秋の国は、もう待ってはいない」
誰も言葉は返さなかった。
だが全員が、同じ決意を胸に抱いたまま、再び歩き出した。
霜と枯葉が交わるその道は――やがて紅の森へと続いている。