星に祈る杖
夜の帝都イグナリアは、戦火の名残を抱えながらも、どこか静かな息づかいを見せていた。
広場の灯が遠くで揺れ、紅蓮の溶岩を望む峡谷からは、かすかな熱が夜気に混じる。
セリスは一人、城の外れにある小さな聖堂を訪れていた。
旅の途中で得た星輪の杖を胸に抱え、ひっそりと膝をつく。
月明かりが祭壇を淡く照らし、ステンドグラスに浮かぶ女神の姿を柔らかく映していた。
――リュナ。
その名を心の奥でそっと呼ぶ。
声にするにはまだ痛みが強すぎる。
姉と慕った存在を失った哀しみは、どれほど日が経っても薄れることはない。
星輪の杖を両手で包み込む。
かすかな鈴の音が、夜の静寂に溶けていった。
この杖を託された時、女神は何を示そうとしたのか。
自分に課せられたものが、まだ見えない。
「……セリス」
背後から柔らかな声がした。
振り返ると、リーナが入り口に立っていた。
月明かりを背に受け、その表情は優しい光に包まれている。
「こんな時間に、ひとりで?」
セリスは微かに笑みを返した。
「……少し、杖と向き合いたくて」
リーナはゆっくりと歩み寄り、隣に膝をついた。
祭壇の光に照らされたリーナの横顔は穏やかで、言葉を急がない。
「私、リュナさんのこと……全部は分からない。
でも、あなたがここまで歩いてきた強さだけは、見てきたわ」
セリスは胸に残る痛みを押し込みながら、小さく息を吐く。
「……私、あの人を救えなかった。
最後に笑ってくれたのに、それでも――」
リーナはそっとセリスの手に触れ、杖の冷たい感触を包むように握った。
「救えなかったんじゃない。
きっと、あなたがいてくれたからこそ、あの人は最後に笑えたの」
その言葉に、胸の奥の何かがわずかに揺れた。
涙にはならず、ただ温かさだけがじんわりと広がっていく。
セリスは杖を見つめ、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう、リーナ。
この杖と一緒に、私も前へ進まなければ」
リーナは微笑み、夜空を見上げる。
星々が静かに瞬き、淡い光が二人を包んだ。
女神の加護を宿す杖が、かすかに鈴の音を響かせる。
それは、これから歩む道をそっと後押しするような、優しい調べだった。