真っすぐな矢
帝都イグナリアの南外れ。
紅蓮の溶岩を望む谷に沈む夜は、夏の国にしてはひんやりとした風を運んでいた。
灯火が遠くで瞬き、静寂に包まれた草原を一陣の風がさらりと撫でていく。
リーナはひとり、弓を携えて草原の中央に立っていた。
月明かりが銀の弦を淡く照らし、吐く息だけが夜気に白く溶けていく。
春の国での激闘――バルドスとの戦いが、脳裏に焼きついて離れない。
あの時、怒りに駆られて我を失い、仲間と動きを合わせる前に矢を放った。
その一瞬の先走りが、ガルドを危険に晒し、あの深い傷を負わせた。
――冷静さを失わなければ……。
無意識に矢羽を握る指先に力がこもる。
胸に残るわずかな悔いが、夜風よりも冷たく心を刺した。
弦を引き絞る。
月を背に、風が草を揺らす音だけが耳に届く。
呼吸を整え、矢を放った。
――ひゅ、と風を裂く音。
矢は闇の中をまっすぐに飛び、遠くの的に正確に突き立った。
その瞬間、背後から小さな足音が近づく。
「こんな夜更けに、珍しいな」
振り返ると、ハルトが長剣を肩にかけて立っていた。
月明かりに照らされたその顔には、柔らかな笑みが浮かんでいる。
「……眠れなくて。少し体を動かしたくなっただけ」
リーナは視線を戻し、次の矢をつがえた。
「バルドスの時のこと、まだ気にしてるのか?」
その問いに、矢をつがえた手が一瞬だけ止まった。
矢が的をかすめて草むらに消える。
「……私、怒りに飲まれて先走った。
冷静さを失って、ガルドを守るどころか危険に晒した」
低く落ちる声。
ハルトは少し近づき、風に揺れる矢羽根を見つめながら言った。
「誰もお前を責めていない。ガルドも、俺たちも」
リーナは唇をかみ、目を伏せた。
「それでも――私は弓を持つ者として、あの瞬間を忘れたくない。
二度と同じ過ちを繰り返さないために、もっと強くならないと」
ハルトはしばらく黙っていた。
そして静かに言葉を紡ぐ。
「その悔いがあるなら、もう次は迷わないはずだ。
お前の矢は、誰よりも真っすぐだから」
夜風が草原を渡り、弓弦がわずかに震えた。
リーナは深く息を吸い込み、再び弦を引いた。
月をかすめる一筋の矢が、闇を切り裂いて的の中心を射抜く。
その音は、風とひとつになりながら、仲間を守るという彼女の新たな誓いを夜空へと刻み込んでい