秋の国へ――旅立ちの前夜
同盟締結から数日後。
帝都イグナリアの夜は、火山の息吹がもたらす淡い熱気を帯びながら、静けさに包まれていた。
蒼天の刃の一行は、城下の宿にて次の旅支度を整えている。
リーナは矢筒の紐を確かめながら、小さく息を吐いた。
「……ほんの少し落ち着いたと思ったら、もう次の国へ向かうのね」
セリスがベッド脇に杖を立て、頷く。
「黒羽が各地で封印を揺るがしている。氷冥王に時間を与えれば、女神の加護も脅かされるでしょう」
ハルトは長剣を磨きつつ、仲間の言葉に応える。
「秋の国フェリオーネ――あの国には『秋葬』と呼ばれる幹部がいると聞く。
森と精霊の国を、毒の霧で覆うエルフ……。油断はできない」
その名に、リュシエルが瞳を細めた。
「秋葬ヴェルネ……。精霊の力を裏切り、枯死の毒を操るエルフ。
私が幼い頃に伝え聞いた精霊譚の“堕落の森”は、おそらく彼女の仕業だわ」
リーナが眉を寄せる。
「エルフの力って、精霊と強く結ばれてるんじゃ……どうして裏切るなんて」
リュシエルは一瞬、言葉を選ぶように沈黙した。
「――精霊は、必ずしも人に恩寵を与え続けるわけじゃない。
絆を自ら断てば、力だけを残して、闇に堕ちることもある」
セリスが杖を握りしめ、小さく呟いた。
「だからこそ、女神は私たちに試練を与えたのかもしれない……」
⸻
ガルドが大剣を背に立ち上がる。
「フェリオーネへは北西の大平原を抜ける。黒羽の残党が潜む可能性は高い。
道中、油断はできん」
ハルトは長剣を収め、仲間たちを見回した。
「同盟の力を得た今こそ、黒羽を追い詰める時だ。
この旅で、氷冥王の野望を断つ手がかりを掴もう」
リーナが肩を回し、軽く笑みを見せた。
「どんな敵が来ても、私たちならきっと打ち破れるわ」
セリスもまた、静かに頷く。
「仲間がいる――それが何よりの力だから」
⸻
その夜。
宿の外では、火山の地熱が揺らめく蒸気を夜空へと漂わせていた。
蒼天の刃の五人は、それぞれの思いを胸に、秋の国への新たな旅路を思い描く。
――黒羽の幹部、秋葬ヴェルネ。
そして氷冥王ヴァル=ノクトが放つ、次なる影。
風はすでに、紅葉の森を渡る冷たさを孕み始めていた。
やがて訪れる秋の国フェリオーネでの決戦が、静かにその幕を上げようとしていた。