月光の牙
初めての討伐依頼に挑むハルトとリュシエル。
森に潜むシェイドウルフとの初戦――
ハルトの体が見せた“自然すぎる剣の冴え”に、自身もリュシエルも驚きを隠せない。
そして、討伐後に見つけた一枚の黒い羽根が、彼らの旅路に不穏な影を落とし始める。
薄曇りの空を横切る風が、森の外れに白い靄を運んでいた。
街を出て一刻ほど。ハルトとリュシエルは、人の気配が遠のいた静かな森道を歩いていた。
「この先が〈シェイドウルフ〉の縄張りよ。」
リュシエルが小声で告げる。
「耳と目をよく使って。無理はしないこと。」
ハルトは長剣の柄を握りしめ、小さく頷いた。
胸の奥で鼓動が早鐘を打つ。
初めての実戦――それなのに、不思議と恐怖はなかった。
代わりに、遠い記憶の奥から呼び覚まされるような、奇妙な静けさがあった。
――ガサリ。
湿った落ち葉がわずかに揺れる。
次の瞬間、灰色の影が低くうなりを上げて飛び出した。
鋭い牙が、曇天の光を受けて一瞬だけ閃く。
「来る!」
リュシエルの声と同時に、ハルトの体が動いた。
思考よりも先に、体が戦いを知っていた。
長剣が自然に抜かれ、足が勝手に間合いを測る。
剣筋は淀みなく――まるで訓練を積んだ戦士のそれだった。
低く身を沈め、横薙ぎに一閃。
鋭い衝撃と共に、最初の狼が地に崩れ落ちる。
「初めてのはずなのに……動きが洗練されてる。」
リュシエルの驚きが、風のようにハルトの耳を掠めた。
だが、休む間もなく二体が影のように迫る。
リュシエルが素早く杖を構え、短い詠唱を紡ぐ。
「――風よ、刃となれ!」
突風が木々の枝葉を裂き、狼たちの足元を切り裂く。
吹き上げる風の壁に怯んだ隙を、ハルトは見逃さなかった。
踏み込み、刃を振り抜く。
二体目の首筋を切り裂き、振り返りざまに突きを放つ。
最後の一体の喉を貫いた。
森に、静寂が戻る。
荒い息を吐きながら、ハルトは自分の手を見下ろした。
剣の刃に付いた血が、淡く光を反射している。
「……なぜだ。体が、勝手に――」
記憶を失ったはずの自分。
けれど、この剣だけは迷いなく振るえる。
胸の奥に、説明のつかないざわめきが生まれた。
リュシエルが近づき、静かに囁く。
「あなた……やっぱり、ただの新米じゃないのね。」
ハルトは言葉を返せず、剣を納めた。
足元には、討伐の証となる黒灰色の毛並みが風に揺れている。
「これで三体。依頼は達成ね。」
リュシエルの声が、戦いの余韻をやさしく切り裂いた。
森を抜けて帰路につこうとしたその時――
ハルトの足元に、ひとひらの黒い羽根が舞い降りた。
拾い上げたそれは、夜の闇を閉じ込めたように光を吸い込んでいる。
リュシエルの表情が険しく変わった。
「……黒羽の印。」
その言葉に、ハルトの心臓が冷たく跳ねた。
昨夜ギルドで聞いた名――黒羽。
女神の加護を蝕む闇の組織。
「まさか……こんな場所にまで。」
リュシエルの声が、森の霧に溶ける。
ハルトは長剣の柄を強く握りしめた。
指先から伝わる冷たさが、戦いの予感を告げていた。
風が再び吹き抜け、黒い羽根が宙を舞う。
その揺らめきはまるで――近づく闇の前触れのように見えた。
ハルトの戦いぶりに、過去の記憶がかすかに呼び起こされるような予感を持たせました。
また、黒羽の存在を再び強調することで、今後の物語へ緊張感を繋げています。
次回はいよいよ討伐の報告と、黒羽の影が街へと忍び寄る様子を描いていく予定です。