炎翔の試練へ
翌朝、イグナリアの空には薄い雲が漂い、溶岩峡谷から立ち昇る白い蒸気が街を覆っていた。
帝国城の一角、鍛冶師たちが集う古の鍛冶場へ向かうため、蒼天の刃の一行は静かに歩を進めていた。
城門を抜けると、熱気を帯びた風が頬をかすめる。
夜を徹して働く職人たちの槌音が遠くから響き、炎の都らしい活気が街全体を包んでいた。
ガルドはその槌音を耳にしながら、背に負った大剣《炎翔》へそっと視線を落とした。
戦いの最中に呼び覚まされた紅蓮の輝きは、今はひっそりと沈黙している。
あの力を真に自分のものにするため――鍛冶師の儀式を受ける決意が胸に刻まれていた。
「ガルド」
リュシエルが横に並び、小声で問いかける。
「緊張している?」
「……少しな」
ガルドは短く答えた。
「この剣は、俺が選ばれたわけじゃない。試されているのは俺の方だ」
その言葉にリュシエルはわずかに微笑む。
「剣が持ち主を試すなら――あなたなら必ず応えるわ。
騎士としても、仲間としても、私はそれを信じてる」
ガルドは無言で頷き、目を前へ向けた。
――槌音が近づく。
やがて一行は、帝都の奥深くにある古代鍛冶場へたどり着いた。
厚い岩壁に囲まれ、天井から溶岩の光が赤々と差し込む。
巨大な炉が中央に鎮座し、周囲を覆う石床には古代の紋章が刻まれている。
その奥に、一人の若い女鍛冶師が立っていた。
燃えるような栗色の髪を後ろで束ね、澄んだ眼差しを持つその女性は、ハンマーを片手にゆっくりと一行を見渡した。
「……おまえが《炎翔》の新たな担い手か」
低く澄んだ声が鍛冶場に響く。
「私はレイナ。この鍛冶場を守り、太陽の精霊に仕える者。
“炎翔”を真に目覚めさせるには、古の儀式を受けなければならない」
ガルドは一歩進み、深く頭を下げた。
「俺にその資格があるか、確かめてほしい」
レイナはわずかに微笑み、彼の大剣を見据えた。
「この剣は、持ち主の闘志と心を映す鏡。
試練の炎は、恐れや迷いを燃やし尽くす。
それに打ち勝てなければ、剣もまたおまえを拒むだろう」
ハルトたちは息を呑み、鍛冶場に張り詰めた空気が広がった。
レイナは背後の炉に手をかざし、低く詠唱する。
瞬間、炉の奥から紅蓮の炎が轟音を立てて吹き上がった。
炎は渦を描き、鍛冶場全体が太陽のような光に包まれる。
「ガルド。剣を炉にかざし、己の心を示せ」
ガルドは静かに息を吸い、炎翔を両手で握りしめた。
灼熱の光が刃に宿り、剣身がかすかに震え始める。
その震えは、まるで持ち主の覚悟を求めるかのようだった。
仲間たちは一歩下がり、その光景を見守る。
ハルトは長剣を握り、心の奥でガルドに祈った。
セリスは星輪の杖を胸に抱き、静かにまぶたを閉じる。
――鍛冶場に、太陽の精霊の鼓動が響いた。
炎翔が、そしてガルド自身が試される刻が、いま始まろうとしていた。