帝都イグナリアの余波
赤々とした溶岩の光を湛える峡谷都市イグナリア。
バルドスとの死闘から数日が過ぎたが、帝都はなお騒然としていた。
黒羽がもたらした脅威は、人々の心に恐れと動揺を残したままだ。
城門の外壁には騎士団の旗がはためき、夜を徹して警備が続く。
市場の灯りが落ちても、鎧のぶつかる音が途切れることはなかった。
ハルトたちは、帝都中央区にある帝国城の一角――客人を迎える広間にいた。
戦いの傷を癒やすため、そして帝国からの正式な報告を待つためである。
ガルドは長椅子に腰を下ろし、包帯の巻かれた左腕を軽く動かした。
バルドスの碧刃による深手は、ようやく痛みを引き始めたところだった。
「……あの峡谷の崩落で、バルドスの姿は見えなくなったそうだ」
リュシエルが小声で告げる。
「黒羽の幹部を一人討ったと思ったけれど、簡単にはいかないわね」
ガルドは目を細め、低く答えた。
「生きているだろう。あの男は、あれくらいで終わる相手じゃない」
彼の瞳に宿る決意は、騎士だった頃に培った誇りと責務そのものだった。
そのとき、扉が重々しく開いた。
蒼い装束を纏った若き王子――アレウス殿下が護衛と共に姿を現す。
「待たせたな」
柔らかながらも澄んだ声が広間に響く。
「黒羽の脅威に立ち向かってくれたこと、帝国を代表して感謝する」
ハルトたちは立ち上がり、礼を取った。
アレウス殿下は軽く頷き、真剣な眼差しをガルドに向ける。
「ガルド。お前が持つその大剣――“炎翔”。
帝国に伝わる宝具の真価を引き出すには、古代鍛冶師による鍛冶の儀式が必要だ」
ガルドは眉を寄せ、ゆっくりと手元の大剣を見下ろした。
紅蓮の輝きを潜ませた刃が、微かに熱を帯びている。
戦いの最中に見せた太陽のような炎――その力はまだ完全には目覚めていない。
アレウス殿下は続ける。
「この帝都には、太陽の精霊ソルティアを祀る古の鍛冶場がある。
そこで“炎翔”を鍛え直し、真なる精霊の祝福を宿させる。
それが、氷冥王と黒羽に対抗する切り札となるだろう」
ガルドは静かに頷いた。
「……わかった。試練があるなら、俺が受けよう」
その声は揺るがず、過去に帝国を守ってきた騎士の誓いを再び思い起こさせた。
アレウス殿下は少し口元を緩め、仲間たちへも視線を移す。
「蒼天の刃――君たちの力を、帝国も借りたい。
氷冥王に対抗するため、騎士団と共に共同戦線を張ろう。
この同盟が、新たな脅威に立ち向かう希望となるはずだ」
ハルトは胸の奥で氷冥王の言葉を思い返した。
――おまえが本当に何者で、何を背負って生まれたのかを――
冷たい棘のように残るその響きが、決意をさらに強くする。
「……俺たちにできることなら、力を尽くす」
ハルトは剣を軽く握り直し、殿下へと告げた。
セリスもまた星輪の杖を胸に抱き、静かに頷いた。
リュシエルとリーナも、迷いのない眼差しでその言葉に続く。
広間に集った者たちの決意が、帝都の騒然とした空気に新たな希望を灯した。
遠く峡谷から吹き抜ける微かな風が、その決意を祝福するかのように、静かに広間を撫でていっ