紅蓮の灯
崩れかけた峡谷から抜け出した一行は、ようやく平地へと辿り着いた。
背後では、なおも小規模な落石が断続的に響き、白い粉塵が夜風に流れていく。
戦いの熱気も冷え、空気は凛と張りつめていた。
ハルトは深く息を吐き、長剣を鞘に収める。
「……何とか抜け出せたな」
リーナが肩の弓を下ろし、胸に手を当てる。
「ガルド……大丈夫? さっきの戦いで……」
ガルドは短く息を吐き、炎翔を軽く地面に突き立てた。
「傷は浅い。リーナ、お前が無事でよかった」
その声は穏やかで、戦いの最中に見せた鋭さはもうない。
リュシエルが風を纏わせた手で粉塵を払いながら、険しい表情を崩さずに言う。
「バルドス……あれだけの傷を負って生き延びるとは考えにくい。けれど……姿が消えた以上、断言はできないわね」
セリスが星輪の杖を胸に抱き、うつむいた。
「黒羽の幹部を退けても、氷冥王の計画は止まらないはず。これからどう動くべきか……」
その時、遠くで馬蹄の音が響いた。
振り向くと、数騎の兵とともにソルディア帝国の王子――剣聖アレウスが馬を降りて近づいてきた。
紅い外套を翻しながら、殿下は静かにガルドへ歩み寄る。
「ガルド。……見事な戦いだった」
その眼差しには、仲間に対する揺るぎない信頼が宿っていた。
ガルドは炎翔を見下ろし、淡く燃える刀身に視線を落とした。
「殿下、この剣――炎翔。帝国が長く秘匿してきた理由が分かった気がします。
俺が持つべき時が来た……殿下も、そうお考えだったのですね」
アレウスは微笑を浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「その通りだ。お前だからこそ、この剣を託す価値がある。
炎翔の力は、真に信念を持つ者の手でこそ輝く」
リーナは安堵の笑みを浮かべ、ガルドの横顔を見上げた。
「あなたが持つからこそ、この剣は本当に力を発揮するんだと思う」
ガルドはわずかに微笑み、炎翔を背に負う。
「……ならば、この力で黒羽を止める」
その言葉に、誰もが自然と頷いた。
峡谷を抜ける風は冷たくも澄み、これから訪れる帝都への道を告げるかのように吹き抜けていく。
氷冥王ヴァル=ノクトの影は、なお大陸全土を覆っている。
だが、炎翔の紅蓮が灯した一筋の光が、仲間たちの胸に確かな決意を刻んでいた。