碧刃再び
黒羽の一団が一斉に飛び出した。
漆黒の外套が風を裂き、峡谷の熱気を一瞬にして奪う冷気が広がる。
仮面に覆われたその顔からは感情が読み取れず、ただ無言の殺気が押し寄せた。
「来るぞ!」
ガルドが低く叫び、大剣を横一文字に振り抜いた。
鋼の軌跡が白い霜を巻き起こし、最前列の敵をまとめて押し返す。
ハルトは長剣を構え、敵の刃を受け流しながら一歩、また一歩と前へ。
剣を交えるたび、氷片が飛び散り、谷底から吹き上がる風が霜を舞わせた。
黒羽の剣士たちの武器は皆、凍てつく冷気を帯びている。
「氷の力……さすが氷冥王の手下だ」
ハルトは息を詰めつつ、長剣の白刃で氷の刃をはじき返す。
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リュシエルは後方に退き、両手を掲げる。
「――《風障壁》!」
蒼い風が渦を描き、黒羽が放った氷弾を弾き返した。
リーナの矢がその隙を逃さず、次々と影を貫く。
「数が多いわ……でも、負けない!」
矢が旋風に乗り、氷を切り裂いていく。
⸻
セリスは星輪の杖を高く掲げ、低く詠唱した。
杖の結晶輪が淡く光を帯び、峡谷に澄んだ響きを放つ。
「――《星環の護り》!」
光の輪が橋全体を包み込み、黒羽の氷弾がその内側で砕け散った。
杖が微かに鈴の音を響かせ、戦場に一瞬の安堵をもたらす。
ガルドがセリスに一瞬視線を送り、落ち着いた声で言った。
「助かった、これで押し返せる」
その言葉にセリスは小さく頷き、杖を握る手に力を込める。
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その時、エルヴァンが敵陣奥を鋭く睨んだ。
「……まだ指揮官が姿を見せない。警戒しろ」
言葉が終わるか終わらぬかのうちに、谷の奥で空気が一変した。
白い冷気に混じり、赤くゆらめく微かな熱が吹き上がる。
「……この熱気……?」
リュシエルが目を細める。
霧の中から、一際大きな影が歩み出た。
黒羽の紋章を肩に刻んだ男。
腰に下げた大剣から、碧い炎と凍てつく白光が同時に溢れ出している。
ガルドが低く名を呟いた。
「……バルドス」
碧刃の二つ名を持つ男――かつて同じ騎士団に身を置き、剣を交えた戦友。
その瞳には、かつての誇りではなく、氷冥王への静かな忠誠だけが宿っていた。
バルドスは大剣をゆるやかに抜き、淡々と声を落とす。
「ガルド。再び剣を交える日が来るとは……帝国はお前を変えなかったようだな」
ガルドは大剣を構え、短く息を吐いた。
「……お前こそ。なぜ氷冥王に従う」
バルドスは答えず、ただ一歩踏み出した。
大剣に纏う氷炎が、峡谷全体を青と紅の光で染める。
「来い、ガルド。お前の剣が――まだ信じるに値するか、試させてもらう」
その一言が、凍てつく峡谷に戦いの始まりを告げた。
ハルトたちが息を呑む中、ガルドは静かに足を進め、戦友との宿命の対決に挑む。