帝国騎士団・臨時司令室
旧坑道での戦闘から一夜。
ハルトたちはイグナリア城塞の一角に設けられた臨時司令室へと招集されていた。
壁には帝国全土の地図が広げられ、各地の拠点と輸送路が赤い印で示されている。
鎧を着込んだ騎士たちが慌ただしく報告を交わし、空気は張りつめていた。
ガルドはかつての戦友である団長エルヴァンの前に立ち、短く礼を取る。
「昨日の坑道で黒羽の一団を撃退した。だが、奥にはまだ別働が潜んでいる可能性が高い」
エルヴァンは重々しく頷いた。
「報告は受けている。黒羽が帝国領内で大規模な動きを見せたのは久しぶりだ。
氷冥王が背後にいるとすれば、次の一手は必ず大きい」
騎士団の地図の南西――帝国の補給路を示す赤い線の上に、新たに黒羽の羽根の印が置かれる。
ルークが思わず声を上げた。
「補給路……。これを断たれれば、帝国軍の前線が持たなくなる」
エルヴァンが視線を鋭くし、低く告げた。
「黒羽はそれを狙っている。
夜明けとともに、我々は補給路警護に向かう。――お前たちにも同行を願いたい」
ハルトは頷き、長剣の柄に手を添えた。
「もちろんです。放っておけば、帝国だけでなく大陸全土が揺らぎかねません」
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作戦会議後の廊下にて
司令室を出た廊下で、セリスは星輪の杖を胸に抱えながら小さく息をついた。
その横でリュシエルが歩を緩め、柔らかな声をかける。
「顔が強張っているわ。大丈夫?」
セリスは視線を落としたまま、少しだけ微笑んだ。
「大丈夫。ただ……この帝国が再び戦火に包まれたらと思うと、胸が締め付けられる」
リュシエルはしばし黙り、やがて穏やかに言葉を紡いだ。
「だからこそ、私たちがいる。
黒羽がどれほど恐ろしい計画を持っていても、みんなでそれを止める。
セリス――あなたの光も、そのためにある」
その言葉に、セリスは杖を握る手に力を込め、はっきりと頷いた。
「……ありがとう。リュシエルにはいつも勇気づけられる」
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補給路への行軍
翌朝。
騎士団と共にハルトたちはイグナリア西部へ向かっていた。
火山の尾根を縫うように伸びる山道は、時折立ち上る硫黄の匂いを含んだ熱気に包まれている。
リーナが肩に弓を背負いながら前方を見渡す。
「こんな場所に伏兵を置けば、攻める側は一気に有利になるわね」
ガルドが冷静に応じる。
「だからこそ俺たちが護る。補給路が落ちれば帝国は長く持たん」
ハルトは長剣を握り、仲間たちを見渡した。
心に残るのは氷冥王の言葉――自分が何者かという謎。
だが今は、目の前の闇を打ち払うことが先だと、強く心に刻む。
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不穏な兆し
やがて、補給路の要となる峡谷の入口が見えてきた。
谷間にかかる古い石橋を渡ろうとした時、風が不自然に止まる。
リュシエルが足を止め、耳を澄ませた。
「……風が、凍った?」
次の瞬間、谷の奥からかすかな羽音が響く。
黒い羽根が一枚、橋の中央にひらりと舞い落ちた。
エルヴァンが険しい声を放つ。
「――黒羽だ、全員構えろ!」
峡谷の両側から、漆黒の外套を纏った影が次々と現れる。
その中の一人が仮面越しに低く笑った。
「帝国の誇りなど、氷冥王の氷炎に溶けるだけだ」
赤熱する溶岩の地に、凍てつく闇の気配が広がっていく。
ハルトは長剣を抜き、鋭く息を吐いた。
「ここで食い止める――黒羽を、これ以上好きにはさせない!」
剣先に映る炎と氷が、決戦の幕開けを告げるかのように揺らめいた。