赤銅の髪と琥珀の瞳
ご覧いただきありがとうございます。
今回は新たな登場人物が登場します。
掲示板に並ぶ数々の依頼書の中で――
彼の前に現れたのは、赤銅の髪と琥珀の瞳を持つ寡黙な男・ガルド。
その存在は、ただの出会いでは終わらない。
黒羽の影、そして失われた記憶――
この一歩が、やがて大きな運命の交差へと繋がっていく
それではお楽しみ下さい。
蒼風ギルドの掲示板前には、昼下がりのざわめきが満ちていた。
だがその声の奥には、どこか張り詰めたものが混じっている。
笑い声、紙をめくる音、金属の擦れる音――すべてが次の冒険を前にした息遣いのようだった。
ハルトは掲示板の前で立ち止まり、無数の依頼書を見上げる。
「討伐系、採取系、護衛系……種類がこんなにあるのか。」
隣でリュシエルが指先を伸ばした。
「初依頼なら、このあたりがいいわね。」
彼女が示したのは、小型魔獣〈シェイドウルフ〉の討伐依頼だった。
「森の外れに出る魔獣よ。危険度は低いけれど、油断は禁物。
ギルドの護衛隊が巡回してるから、初めての実戦にはちょうどいいはず。」
ハルトは頷き、依頼書をそっと抜き取った。
手の中で紙がかすかに震える。緊張か、それとも期待か――自分でもわからない。
その時、背後から重い足音が響いた。
低く沈むような気配に、周囲の冒険者たちが自然と道を開ける。
振り向いたハルトの視線の先に、ひとりの男がいた。
赤銅の髪を短く刈り込み、琥珀色の瞳が静かに光を宿している。
背には巨大な大剣――それだけで周囲の空気が引き締まる。
無骨で近寄りがたいが、その一歩一歩には圧倒的な安定があった。
「……あのおじさん、誰だ?」
ハルトが小声でつぶやくと、リュシエルが微笑を浮かべた。
「ガルド。ソルディア帝国の元騎士。
私も何度か一緒に任務に出たことがあるけれど、腕は確かよ。
言葉数は少ないけど、仲間思いで、誰よりも誠実な人。」
その名を口にした瞬間、ガルドが一枚の依頼書を無言で引き抜いた。
ちらりと視線がこちらに向く。
その琥珀色の瞳に射抜かれ、ハルトの喉が一瞬鳴らなかった。
「新顔か。」
低く呟いた声は、重く響いて通り過ぎる。
ガルドは依頼書を手に取ったまま、静かに背を向けて歩き出した。
「……なんだか、近寄りがたい人だな。」
ハルトが呟くと、リュシエルは小さく笑った。
「そう思うのも無理ないわ。でも、彼の背中から学べることはきっと多い。」
ギルドで依頼の手続きを済ませると、二人は支度を整えて街を後にした。
外の風は冷たく澄み、木々の影が道を染める。
森へと続く細道に、ハルトの心臓が鼓動を早めた。
――これが、初めての実戦。
手にした長剣の感触が、現実を刻みつける。
街門を抜ける直前、ガルドが石段の影から姿を現した。
その声は低く、しかし確かに届いた。
「黒羽が動き始めている。……油断するな。」
ハルトとリュシエルが息をのむ。
あの黒い羽根――リュシエルの財布を奪った、あの夜の記憶が蘇る。
「黒羽の連中……また?」
リュシエルが小さく呟くと、ガルドはわずかに頷いた。
「帝国の北方でも動きがある。ギルドにも警戒命令が出たばかりだ。」
その瞳には、長い戦場をくぐり抜けた者の影が宿っていた。
言葉は少なくとも、彼が背負う重みが伝わってくる。
ハルトは無意識に長剣を握りしめる。
「黒羽……。あいつらが、リュシエルの荷を盗んだ連中か。」
「恐らくね。」
リュシエルの声が静かに響く。
その横顔に浮かぶわずかな緊張と決意を見て、ハルトは小さく息を吸った。
「行こう、リュシエル。」
「ええ、行きましょう。――私たちの初依頼に。」
森の奥から、風のざわめきと遠吠えが響いた。
淡い光の下、二人の影がゆっくりと長く伸びていく。
その背を、ガルドはしばし無言で見送っていた。