帝都イグナリア・騎士団本部
翌朝、まだ薄い霧の残る城下を抜け、ハルトたちは騎士団本部へと足を運んだ。
白銀の装飾が施された石造りの建物は、赤く輝く溶岩の渓谷を望む高台にそびえ、帝国騎士たちが朝の鍛錬に汗を流していた。
門を守る兵たちがガルドを見ると、驚きの表情を浮かべて姿勢を正した。
「ガルド殿……! お戻りに――」
「久しいな。今は客として来ただけだ、気を楽にしてくれ」
ガルドは穏やかに手を上げ、昔から変わらぬ落ち着いた声で答える。
ハルトたちは案内を受け、広い中庭を抜けて本部の奥へ。
そこでは鍛錬中の騎士たちが一斉に動きを止め、彼らを一瞥した。
その視線の中には、かつてガルドと剣を交えた者たちの懐かしさと、黒羽という脅威を前にした緊張が入り混じっていた。
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剣聖との再会
中央棟の扉が開き、昨日謁見した王子――帝国剣聖アレウスが姿を現した。
緋色のマントが風に揺れ、鋭い気迫を放ちながらも柔和な笑みを浮かべている。
「ガルド、そして蒼天の刃の皆。昨夜の話を受け、騎士団は黒羽への備えを強化することになった。
お前たちの協力は、この帝国にとって何よりの力となるだろう」
アレウスは深く頷き、剣を帯びた腰に手を置いた。
「黒羽の動きは速い。すでに帝都近郊の村にも、怪しい影が現れている。
その痕跡を追う斥候が戻らぬまま、今も捜索が続いている。――近く、お前たちにもその捜索を手伝ってほしい」
ハルトは長剣の柄を軽く握り、静かに応じる。
「黒羽の手を遅らせるためなら、俺たちも力を尽くします」
アレウスは満足げに目を細め、ガルドへ視線を移した。
「そして――ガルド。お前に会わせたい者がいる。
かつて同じ剣を学び、今もこの帝国を支えている男だ」
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戻らぬ友
案内された部屋で、待っていたのはルークだった。
昨日言葉を交わした旧友が、今は鎧姿のまま、硬い表情を見せている。
「……捜索に出た部隊の一人が、俺の弟だ」
ルークの低い声に、場の空気が一瞬張りつめた。
「昨日の夜から連絡が途絶えた。黒羽の影を追って、渓谷沿いの旧採掘坑へ向かったはずだ」
ガルドが眉を寄せる。
「黒羽がそこを拠点にしている可能性がある、ということか」
「そうだ。だが、兵だけでは危うい。黒羽は魔獣ではなく、練達した戦士ばかりだ。
――だから、蒼天の刃の力を借りたい」
ルークは深く頭を下げた。
「俺個人の願いだ。だが、黒羽の手が帝国に伸びている証でもある。頼む」
ハルトは仲間を見渡し、ゆっくりと頷いた。
「わかった。黒羽を追うことは、俺たちの目的でもある。必ず弟さんを探し出そう」
セリスが星輪の杖を胸に抱き、静かに言葉を添える。
「きっと見つけます。あの組織の残した影を、ここで断たなければ」
ルークはわずかに目を潤ませ、深く息を吐いた。
「……ありがとう。お前たちが来てくれて、心強い」
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渓谷の夜へ
夕刻、蒼天の刃の一行は騎士団から詳細な地図を受け取り、赤く光る溶岩の渓谷へと向かった。
吹き上がる熱気の向こう、岩壁の影にぽっかりと口を開ける旧採掘坑。
その奥からは、かすかな冷気とともに、鳥の羽ばたきにも似た低いざわめきが聞こえてくる。
ハルトは長剣を抜き、仲間たちに目を向けた。
「黒羽の気配……間違いない」
リュシエルが風を集め、静かに囁く。
「今度こそ、彼らの動きを掴めるかもしれない。気を抜かないで」
熱と冷気が交錯する渓谷の夜。
氷冥王の手先――黒羽を追う新たな戦いが、いま始まろうとしていた。