イグナリアの赤き城壁
峡谷を抜けた途端、荒々しい熱気が一行を包んだ。
黒い岩肌が連なり、裂け目の底では赤い溶岩が脈打つように光っている。
冬に覆われた大陸ではあり得ぬ温度――ソルディア帝国の首都イグナリアが近い証だった。
ハルトが思わず息を呑む。
巨大な城壁が溶岩の谷を跨ぐように立ち上がり、幾本もの赤銅の大橋が街へ続いていた。
その光景に、ガルドは一歩前に出て無言で見上げた。
長く遠ざかっていた故郷――。
胸の奥に、懐かしさと微かな痛みが同時に押し寄せる。
その横顔をリーナがそっと覗き込み、問いかけた。
「……ガルド、ここがあなたの故郷なのね」
「ああ」
短く答えた声には、かすかな震えがあった。
「帝国騎士として過ごした日々を、この街で送っていた。
だが――己の意志で剣を置き、旅に出た。
その決断が、今こうして再びこの地へ戻る理由になるとは思わなかった」
その言葉に、一行は自然と足を止めた。
リュシエルがわずかに眉を寄せ、低く言う。
「……複雑な気持ちでしょうね」
ガルドは大剣の柄に手を置き、わずかに首を振った。
「過去をただ振り返るために戻ったわけじゃない。
黒羽がここを狙っているなら、今の俺がやるべきことはひとつだ」
セリスは星輪の杖を握り、真っ直ぐ彼を見た。
「あなたの故郷を守るために――私たちも共に戦うわ」
ガルドは目を細め、仲間たちをゆっくりと見渡した。
「……ありがとう。
この街の民に罪はない。護るべきものがあるなら――剣を振るう理由になる」
⸻
重厚な城門が近づくにつれ、赤銅の鎧に身を包んだ兵たちが鋭い視線を向けてきた。
その中には、かつてガルドが見覚えのある紋章をつけた騎士もいる。
ひときわ年若い隊長格の男が一歩前に出て、低く告げた。
「ここはイグナリア。身元と目的を示せ」
ハルトが口を開こうとしたが、ガルドが一歩前に出て制した。
「――俺はガルド。元帝国騎士団・第一隊所属。
黒羽の動きを追い、この都に来た」
その名が響いた途端、兵士たちの間にざわめきが走る。
隊長が目を細め、わずかに息を呑んだ。
「……ガルド隊長……まさか、生きていたとは」
その声に、ガルドの眉がかすかに揺れた。
懐かしい呼び名が、胸に複雑な思いを残す。
「今はただの旅の剣士だ」
ガルドは淡々と言い切る。
「氷冥王の配下・黒羽が帝国を狙っている。
皇子殿下に直接伝えたい」
隊長は深く頷き、部下に合図を送った。
城門が重々しく開き、熱風が一気に吹き抜ける。
⸻
イグナリアの街並みが目に飛び込んできた。
赤黒い石畳、溶岩の川に架かる幾本もの橋、炎を象った旗が熱気に揺れている。
ガルドはその光景を、かつての記憶と重ねながら静かに見つめた。
「……変わっていない」
かすれた声が風に溶けた。
「俺が旅立ったあの日から、何ひとつ……」
ハルトは長剣を握り直し、仲間たちを見渡した。
「ガルド――ここで、黒羽を止める」
ガルドは短く息を吐き、わずかに笑みを見せた。
「――ああ。
この故郷を、今度は守るために剣を振るう」
その決意に、仲間たちは無言で頷いた。
熱気を帯びた風が、彼らの前髪を揺らしながら帝都の奥へと誘っていっ