森の泉に潜む影
泉の水面を渡る夜風が、一層冷たくなった。
黒羽の紋章を刻んだ長剣は、月光を受けて淡く輝き、まるで誰かの視線を跳ね返すかのようだ。
仲間たちは、息を潜めてその光景を見つめた。
ガルドが低く言葉を発した。
「……罠の匂いがする。だが放ってはおけん」
リーナが弓を握りしめ、泉の周囲を見渡す。
「何かがこちらを試してる。姿は見えないけど――確かに“見ている”」
リュシエルは静かに目を細め、風を呼び寄せる。
薄い霧が渦を巻き、夜の空気にかすかなざわめきが広がった。
「風が……警告してる。ここには黒羽の“気配”が残ってるわ」
セリスが星輪の杖をそっと握り、短く頷く。
「……この泉そのものが、何かを封じているのかもしれない」
ハルトは一歩前に出て、慎重に長剣へ視線を落とした。
足を進めるごとに、足元の霜が微かに音を立てる。
剣を握る指先に、ひやりとした気配が伝わった、その瞬間――。
泉の水面が、わずかに震えた。
次いで、水中から低い声が響く。
――我らが主、氷冥王の名において。
――南の炎を凍てつかせ、光を奪う刻は近い。
声は男とも女ともつかぬ、氷の刃のように冷たい響きだった。
リュシエルが一歩前へ出る。
「……黒羽の宣告」
次の瞬間、水面に複数の黒い羽根が浮かび上がった。
どれも同じ紋章を宿し、闇の光を帯びている。
それがひとつ、またひとつと霧に紛れて消えていった。
ガルドが低く息を吐く。
「……氷冥王の差し金か。ソルディア帝国が狙われている――そういうことだな」
セリスは杖を握りしめ、真剣な面持ちで告げた。
「黒羽は、私たちをここへ導いた。これは……挑戦状よ」
ハルトは長剣を構え、その刃に映る自分の姿を見つめた。
黒羽の紋章が、月光の中で淡く光る。
「氷冥王……ソルディアを次の標的にするつもりか。なら俺たちが、その前に動くしかない」
リーナが弓を下ろし、仲間に視線を送った。
「このまま見過ごせない。村人たちにも警告しておくべきだわ」
リュシエルが静かに頷き、風を鎮める。
「ソルディアまでの道は、もう安全じゃない。黒羽は私たちを見ている――覚悟を決めて進みましょう」
夜空にひときわ強く月が輝き、森を淡く照らした。
黒羽の残した長剣は冷たく光を放ち、これから始まる戦いの予兆として、彼らの胸に重く刻まれた。