聖癒光環
大聖堂の鐘が鳴り響く夜、空は深い闇に沈んでいた。
塔の尖端をかすめる黒雲が、不気味に渦を巻く。
ハルトたちは白亜の回廊を駆け抜け、聖堂の中央――大広間へと足を踏み入れた。
闇に覆われた祭壇の前に、ひときわ濃い黒霧が渦を巻く。
その中心に、漆黒の外套を纏ったリュナがゆるやかに立っていた。
瞳は星明かりを呑み込むような深い黒。
その口元が、冷たい微笑を描く。
「ようやく来たのね、セリス」
柔らかな声が、広間全体に響き渡る。
甘美でありながら、どこか鋭く心を削る囁きだった。
セリスは一歩踏み出し、瞳を細める。
「リュナ……あなたは、何を求めて闇へ堕ちたの?」
返答の代わりに、リュナが両手を広げた。
瞬間、黒霧が爆ぜる。
闇の刃が無数に生まれ、広間を覆い尽くした。
ハルトが長剣を閃かせ、ガルドが大剣で防ぐ。
リュシエルが風の結界を張り、リーナの矢が闇を切り裂く。
だがリュナの魔力は止まらない。
闇の刃は幾重にも重なり、光の防御を容易く削いでいった。
「光の加護ごときで、この闇を防げると思った?」
リュナの声が冷たく響く。
その指先から、さらに深い闇が放たれた。
黒く染まった鎖がガルドを絡め取り、雷鳴のような衝撃が広間を震わせる。
「くっ……!」
ガルドの膝が落ち、鎖から闇の瘴気が這い上がる。
肌はみるみる灰色に変わり、命を蝕む呪いが全身を締め付けていく。
ハルトが必死に鎖を断とうと剣を振るが、刃は闇に吸われるように弾かれた。
リュシエルの風も、リーナの矢も、闇の鎖を断つことはできない。
「やめて……!」
セリスの声が鋭く響いた。
彼女は両手を胸の前で組み、目を閉じる。
――秘してきた力。
大陸でも数えるほどの者しか扱えぬ、真の神光。
これを公にすれば、国中が揺らぎかねない。
それでも今は――。
「――《聖癒光環》!」
瞬間、まばゆい白光が広間を満たした。
大聖堂の壁に刻まれた神々の紋章が共鳴し、天井のステンドグラスが淡く輝く。
その光はただの治癒ではない。
闇が刻んだ呪いをも、根ごと浄化する力だった。
闇の鎖がぱきり、と音を立ててひび割れる。
ガルドの体を覆っていた灰色が消え、血色が瞬く間に戻っていく。
リュナが初めて息を呑み、微かに目を見開いた。
「……その力を、まだ……!」
セリスは光に包まれながら、静かに目を開けた。
「私は――光を信じる。
闇に呑まれたあなたを、必ず取り戻す」
その声は、闇の中で確かな道を示す灯火となった。
広間に満ちる白光は、リュナの放つ黒霧を一歩ずつ後退させていく。
だが――。
リュナはただ一瞬唇をかすかに歪めると、濃密な闇を再び呼び起こした。
広間の空気が震え、次なる一撃が迫る。
ハルトは長剣を握り直し、仲間に短く叫ぶ。
「ここからが本番だ――!」
光と闇が、ついに真正面からぶつかり合おうとしてい