黎明の間
白亜の大聖堂の最奥――黎明の間。
夜明けの光が薄く差し込み、空気そのものが淡く輝いていた。
静寂のなかに漂うのは、聖なるものと人の魂が溶け合うような、清らかな緊張。
中央には古代より続く円形の石舞台があり、周囲を幾重もの光輪がゆるやかに巡っている。
その光は命の鼓動のように脈打ち、見る者の心を映すかのように色を変えていた。
ハルトたちは聖王に導かれ、その場へと歩みを進める。
光輪の放つ静謐な力に息を呑み、誰もが自然と背筋を伸ばした。
「ここが……黎明の間」
リュシエルが囁く。風を纏う蒼い瞳に、揺らめく光輪の輝きが映り込む。
聖王はゆるやかに頷き、低く響く声で言葉を紡いだ。
「ここは、光と闇の理を映す鏡。己を試し、心を鍛え直す神々の聖域。
お前たちの魂が真に光に値するか、黎明の神は見定めよう」
その声とともに、間全体に澄んだ音が広がる。
次の瞬間、床の紋章が淡金色に輝き、風が四方から吹き寄せた。
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■ ハルト ― 剣に映る己
ハルトは長剣を抜き、静かに石舞台の中央へ進んだ。
風が渦を巻き、光輪の中から半透明の剣士が姿を現す。
その構えは――彼自身。
「これは……俺?」
返答の代わりに、幻影の剣が一閃。
火花が散り、衝撃が腕を貫く。
迷いを見透かすように、幻影の動きは研ぎ澄まされ、容赦がない。
ハルトは歯を食いしばり、剣を交わらせる。
恐れも、焦りも、全てが刃に映る。
己の弱さを斬り捨てるたび、光輪の輝きがひとつ強く脈打った。
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■ リュシエル ― 風に祈る者
リュシエルの前では、淡い風の柱が立ち昇る。
その中から現れたのは、失われた母の面影。
微笑みを浮かべた幻影が、囁くように問いかける。
――なぜ、あの日、私を救えなかったの?
胸の奥を裂くような痛み。
リュシエルは膝をつきかけたが、震える指先で短剣を握りしめた。
「……私は、今を守る。あなたが託した未来を――」
風が蒼く光を帯び、幻影が静かに微笑んで消えていく。
残されたのは、かすかな温もりと、新たな覚悟だった。
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■ リーナ ― 風と矢の誓い
リーナの周囲には、無数の光の獣が生まれては消えていく。
それは過去の恐怖、逃げ出した記憶の化身。
彼女は息を吸い、弓を構えた。
「もう、怯えない」
矢が放たれるたび、獣は光の粒となって消えた。
連射する矢が風と一体となり、空間に白い軌跡を描く。
その姿は、まるで希望そのものだった。
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■ ガルド ― 鋼の誓い
ガルドの前には、かつて散った仲間たちの幻影が立ち並ぶ。
無言のまま見つめるその瞳。
彼は何も言わず、重い大剣を構えた。
一歩、二歩と踏み込み――唸る刃が空を裂く。
力ではなく、信念で振るう剣。
幻影は風に散り、どこか安らかな光を残して消えた。
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■ セリス ― 闇を抱く光
そして、セリスの前に立ったのは――黒衣の幻影。
フードの奥から、あの懐かしい声が響いた。
――光だけが真理だと、今も信じるの?
その声は、かつて姉のように慕った神官、リュナのもの。
セリスは瞳を閉じ、胸の奥で揺れる想いを押し殺す。
「光は、闇を拒むためにあるんじゃない……共に在るためのもの」
紫水晶の瞳が静かに光を帯び、幻影が霧のように崩れ落ちる。
彼女の掌の奥では、まだ解き放たれぬ“癒しの奇跡”が微かに脈打っていた。
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■ 試練の果てに
夕刻。
黎明の間を包む光輪がゆるやかに収束し、聖王が静かに立ち上がった。
「……見事だ。
己を恐れず、心を映し、闇と対峙した者だけが真の光を得る。
その力――確かに、神々は見届けた」
ハルトたちは深く息をつき、互いの顔を見合わせる。
瞳には迷いではなく、揺るぎない覚悟が宿っていた。
聖王が目を閉じ、微かに空を仰ぐ。
「黎明は、次なる夜の訪れを告げる光でもある。
……黒羽の影は、すでに動き始めている」
静寂の中、遠くで鐘が鳴った。
それは祝福ではなく――迫りくる闇の前触れであった。
修練の舞台を「黎明の間」として、仲間たちが己の弱さと対峙する場面を濃く描きました。
セリスが治癒魔法をあえて隠している理由は、今後のリュナとの決戦で重要な意味を持ちます。
次回はいよいよ黒羽の動きが表面化し、聖都を揺るがす試練が始まります。
光と闇がぶつかるその瞬間、彼らが下す選択をぜひ見届けてください。