天啓の庭
ルクシード大聖堂に到着したハルトたちは、聖王の勧めで厳しい修練に挑みます。
セリスは同行してはいるものの、その胸には、誰にも明かせぬ決意と秘められた力がありました。
――ルクシードの朝は、鐘の音から始まる。
夜の冷気を押し流すように金色の光が白亜の回廊を満たし、
床に刻まれた神々の紋章が淡く輝きを返す。
その光景は、まるで天が人々に祝福を与えるかのようだった。
ハルトたちはセリスの案内で、聖王が特別に許可した修練の地――天啓の庭へと向かった。
透明な結界に包まれたその場所は外界よりも空気が澄み、天から降り注ぐ光がゆるやかに揺らめく。
足元の白い大理石はひんやりと冷たく、肌を刺すような緊張を漂わせていた。
「ここで……それぞれの力を、さらに高めてください」
セリスの声は柔らかく、それでいて強い。
「月影リュナを止めるには、今のままでは届かない。聖王陛下も、力を蓄えよと仰せです」
ハルトは頷き、長剣を握りしめる。
胸の奥には、あの廃塔で見た“月影”の漆黒の瞳が今も残っていた。
あの冷たい闇に抗うには、己を越える力が必要だ――それを痛感していた。
⸻
■ガルド ― 剣の理を掴む者
訓練場の一角。
ガルドは大剣を構え、複数の聖堂騎士たちの木剣を受け止めていた。
打ち合う度に雷鳴のような音が響き、結界が震える。
「剛力だけでは、この守りは崩せん……!」
汗を飛ばしながらも、彼の視線は鋭く相手の動きを追う。
一歩退き、次の瞬間には体を捻って反撃――木剣を弾き飛ばした。
聖堂騎士が驚きに息を呑む。
ガルドは大剣を肩に担ぎ、低く呟いた。
「力は、鋭さと理で初めて剣となる……肝に銘じておけ」
⸻
■リーナ ― 風と共にある弓手
リーナは風の流れを読む訓練場に立ち、宙を漂う無数の光球を的に射っていた。
光球は風に乗り、常に軌道を変える。
それを読んで狙いを定めるには、風そのものと心を重ねるしかない。
「……よし」
息を整え、一射。矢が光を貫く。
さらに球が倍に増えても、リーナの手は迷いなく動いた。
連続する矢の音が風を裂き、最後の光球を射抜くと同時に、淡い光の雨が降り注ぐ。
訓練場に静かな歓声が広がり、リーナは小さく息を吐いた。
「まだいける……私は、もっと強くなれる」
⸻
■リュシエル ― 風を紡ぐ詠唱
聖堂の奥、円環状の魔法陣の中心に立ち、リュシエルは風を操っていた。
詠唱に合わせ、蒼光の糸が空気中に走り、細く複雑に絡み合って結界の模様をなぞる。
「力を削ぎ、必要なものだけを残す……」
彼女の声は震えていながらも、美しい。
魔法陣が完成した瞬間、やさしい風が頬を撫で、結界の光が静かに明滅した。
見守っていた老魔導師が、目を細めて言った。
「無駄を削るとは、己を見つめることだ。お前はそれを掴みかけている」
リュシエルは微笑み、静かに頭を下げた。
⸻
■ハルト ― 剣と己を一にする者
ハルトは騎士長の指導を受け、新たな技――連撃と防御を同時に繰り出す「双牙」を磨いていた。
斬撃と盾代わりの刃を一体化させるその技は、攻めながら守る極め技。
何度も失敗し、腕が痺れても、彼は動きを止めなかった。
やがて剣筋が光と共鳴し、二連の軌跡が一瞬にして走る。
鋭い閃光が走り、師の木剣を弾き飛ばした。
騎士長は頷き、笑みを浮かべた。
「……見事だ。あと一歩で真の剣となる」
⸻
■セリス ― 月光の下の祈り
そのすべてを見届けたあと、セリスは一人、大聖堂の奥へと向かった。
封印の聖室――外界の音が届かぬ静寂の空間。
誰にも知られぬまま、彼女は夜ごとここに籠もり、治癒と再生の術を磨いていた。
それは“光の祝福”とも“闇の残響”とも呼ばれる古の奇跡。
リュナとの決戦に備え、彼女が唯一無二の術として選んだ力だった。
月光が差し込む。
掌から淡い光がこぼれ、枯れた花弁がゆっくりと蘇る。
その光景を見つめながら、セリスは静かに呟いた。
「……リュナ。
あなたが失った光を、私はもう一度取り戻す。
たとえ、それが私の身を焼くことになっても――」
鐘の音が夜空を震わせ、白亜の尖塔を包み込む。
その音はまるで、近づく運命の鼓動のように――
やがて訪れる決戦の始まりを、静かに告げていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は大聖堂での濃密な修練を描きました。
闇へ堕ちたリュナとの決戦を見据え、ひそかに治癒魔法を磨いています。
次回は黒羽が聖都を脅かし、闇がさらに近づく様子をお届けします。