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影翼虫の討伐と黒羽の影

ハルトたちは、東の森で謎の赤い光の調査を引き受けることに。

森の奥に潜む未知の魔獣――そして、戻った村で待ち受けていたのは思わぬ異変だった。

旅路を覆う不穏な影が、再び彼らの前に姿を現そうとしている。

 カルネ村で補給を終えた一行は、村長の案内で東の森へ足を踏み入れた。

 午後は曇天。枝葉の隙間からわずかに差す薄明かりも、苔むした地面に吸い込まれるように暗い。


 村長が小声で言う。

「……この森の奥で、夜ごと赤い光が揺らめくのです。家畜が怯え、若い者は近づこうともしません」


 カルネ村で補給を終えた一行は、村長の案内で東の森へと向かった。

 午後の空はどんよりと曇り、木々の枝葉が光を遮る。

 差し込む薄明かりは苔むした地面に吸い込まれ、森の奥はまるで夜のように静まり返っていた。


「……この森の奥で、夜ごと赤い光が揺らめくのです」

 村長の声は震えていた。

「家畜が怯え、若い者は誰も近づこうとしません」


 ガルドがうなずき、大剣の柄に手を添える。

「俺たちが確かめよう。暗くなる前に片をつける」


 彼の言葉に、ハルトたちは無言で頷いた。

 森の中は奥へ進むほど湿り気を増し、やがて鳥も虫も声を潜めた。

 ただ、落ち葉を踏みしめる音と、誰かの浅い息だけが響く。


 その時だった。

 リーナが突然足を止め、弓を構えた。

「……聞こえる? 羽音が――」


 かすかなざわめきが、森の奥で蠢く。

 そして、闇の中に淡い紅光がふわりと浮かび上がった。

 光は次々と集まり、やがて人の背丈ほどもある黒い影を形づくる。


影翼虫ドレッドモス!」

 リュシエルの声が張りつめた。


 漆黒の翅に赤い斑紋――それが脈打つたび、紅い燐光が森を染めていく。

 次の瞬間、巨大な翅がうなりを上げた。

 紅に輝く鱗粉が風に舞い、触れた草木が一瞬で枯れていく。


「鱗粉を吸うな! 防げ!」

 ガルドの声が飛ぶ。


 リュシエルが即座に詠唱し、青白い旋風が仲間を包み込む。

 風が鱗粉を弾き飛ばし、わずかな隙が生まれた。


 ――ハルトが飛び込む。


 剣を抜く音が空気を裂き、紅の斑紋めがけて一直線に踏み込む。

 光を反射した銀の刃が、翅を裂いた。

 ドレッドモスが甲高い悲鳴を上げ、よろめいた瞬間――


「今だ、仕留める!」

 ガルドが吼え、横薙ぎに大剣を振るう。


 重い音とともに外殻が砕け、巨体が地面に叩きつけられた。

 蠢く翅が痙攣を繰り返し、やがて静かに動きを止める。

 森に再び、静寂が訪れた。


 リュシエルが風を弱め、漂う粉を吹き払う。

「これが……赤い光の正体だったのね」


 ガルドが剣を拭いながらうなずく。

「村が怯えるのも当然だ。これで家畜も落ち着くだろう」


 リーナが弓を下ろし、ほっと微笑む。

「カルネ村に知らせよう。きっと喜ぶわ」


 ハルトは長剣を収め、暗い森の奥を一度だけ振り返った。

 次の目的地――エルナへ続く道が、霧の向こうに静かに伸びている。



 村へ戻る道中、夕暮れの光が森を橙に染めていった。

 しかし、村の輪郭が見え始めた瞬間――

 ハルトの胸に、不穏なざわめきが走る。


「……焦げ臭い」

 リュシエルがつぶやく。


 風に乗って漂うのは、焼けた木と血の匂い。

 ガルドの顔が険しくなる。

「嫌な予感がする。急ぐぞ」


 一行が駆ける。

 森を抜けた先、カルネ村の門前に――黒い羽根が散乱していた。

 夜風に舞うその羽根は、光を反射して鈍く輝いている。


「――黒羽……!」

 リーナが息を詰め、矢をつがえる。


 村は荒れていた。

 家畜小屋は壊れ、門柱には深く抉られた爪痕。

 広場のあちこちに破片が転がり、焦げ跡が残る。

 まるで突風が一夜にして村を飲み込んだようだった。


 倒れた柵のそばに、村長と数人の村人が身を寄せていた。

 命は助かったようだが、皆、恐怖に顔を引きつらせている。


「さ、さっきまで黒い翼のやつらが……」

 村長の声は震えていた。

「夜空を裂くように現れて、あっという間に――あなた方が森へ入ったすぐ後でした……!」


 沈黙が落ちた。

 リュシエルが短剣を握りしめ、低く呟く。

「また……黒羽が動いたのね」


 ガルドの視線が鋭く光る。

「奴ら、再び動き出したか……バルドスの一件から、まだ日も浅いというのに」


 ハルトは地に落ちていた黒い羽根を拾い上げた。

 掌に感じる冷たさが、まるで生き物のように震えている。

 その微かな震動が、彼の心に再び闇の記憶を呼び覚ました。


 ――黒羽。

 闇に生き、世界を乱す影の群れ。


 風が村を吹き抜け、黒い羽根が宙に舞う。

 その一枚が、ハルトの頬をかすめた。

 冷たく、鋭く――まるで宣戦布告のように。


 彼は静かに剣の柄を握りしめた。

 これが、次の戦いの幕開けであることを、誰よりも深く理解していた。


 ガルドが短く頷く。

「俺たちが確かめよう。暗くなる前に片をつけたいな」


 森は奥へ進むほど湿り気を増し、音が消えた。

 鳥も虫も声を潜め、ただ落ち葉を踏む自分たちの足音だけが響く。


 ――その時、リーナが弓を構えた。

「……聞こえる? 羽音が……」


 次の瞬間、周囲の木々から淡い紅光がふわりと浮かび上がった。

 その光が無数に集まり、人の背丈ほどもある黒い影を形づくる。


影翼虫ドレッドモス!」リュシエルが息を呑む。


 漆黒の翅を持つ巨大な蛾。翅に散る紅の斑紋が、脈打つように怪しく光る。

 ひとたび羽ばたけば、粉状の鱗粉が風に舞い、触れた草木を枯らすと伝えられる厄介な魔獣だ。


 次の羽ばたきと同時に、周囲に紅い燐光を帯びた粉が広がった。

 リーナが素早く後退しながら矢を放つが、翅が風を裂いて軌道を外す。


「鱗粉を吸うな! 防げ!」ガルドが声を張る。


 リュシエルが即座に風の魔法を編み、青白い旋風が仲間の周囲を包み込んだ。

 舞い上がった粉が風に押し流され、わずかに視界が開ける。


 ハルトはその隙を逃さず、長剣を構えて踏み込んだ。

 光を反射する紅斑を狙い、刃を振るう。


 鋭い一閃が翅を裂き、ドレッドモスが耳を裂くような鳴き声を上げてよろめいた。

 ガルドが横から大剣を振り抜く。

 硬い外殻が砕け、蛾の巨体が痙攣しながら地に落ちて動きを止める。


 ――森に再び静寂が戻った。


 リュシエルが風を弱め、淡く残った粉を吹き払う。

「これが……赤い光の正体だったのね」


 ガルドは剣を拭いながら頷いた。

「村が怯えるのも無理はない。これで家畜も落ち着くだろう」


 リーナが弓を下ろし、安堵の笑みを浮かべる。

「カルネ村に知らせましょう。きっと皆、安心するはず」


 ハルトは長剣を収め、沈んだ森の奥を振り返った。

 次に向かう街――エルナへの道が、霧の向こうで静かに続いている。


 ――


 村へ戻る道すがら、夕暮れが森を淡く染めていった。

 しかし、カルネ村の輪郭が見え始めた時、ハルトの胸に微かな違和感が走る。


 風に乗るのは、焦げた木の匂いだった。


 ガルドが足を止め、低く呟く。

「……嫌な匂いだ」


 四人が駆け寄ると、村の入り口に黒い羽根が散乱していた。

 夜風に舞うその羽根は、どこか冷たく鈍い光を帯びている。


 リーナが矢をつがえ、声を震わせる。

「――黒羽……!」


 広場のあちこちで家畜小屋が壊され、門柱には深い爪痕が残っていた。

 倒れた柵のそばに、村長と数人の村人が身を寄せている。幸い命は無事だが、恐怖に顔を引きつらせていた。


 村長がハルトたちを見つけ、かすれ声をあげる。

「さ、さっきまで黒い翼のやつらが……夜空を裂くように襲ってきて……。あなた方が森へ入った後でした……!」


 リュシエルが息を呑み、ルミナスブレードを握る手に力を込める。

「……また黒羽が――」


 ガルドは周囲を見渡し、低く唸った。

「奴ら、動き出したか。バルドスの一件から間もないってのに……」


 ハルトは黒い羽根を拾い上げる。

 夜風に冷たく震えるその感触が、再び訪れる闇の気配を告げていた。


 胸の奥に、かつて味わったあの戦慄が静かに戻ってくる。

 ――黒羽。

 その名が、旅の次なる脅威を暗く示していた。

今回の話では新たな魔獣「影翼虫ドレッドモス」との戦闘、そして村を襲った黒羽の痕跡が描かれました。

西の山を越えた後もなお、黒羽の影は確実に迫っています。

次回はエルナの街へ向かう中で、黒羽との新たな因縁がどのように展開していくのか――。

ハルトたちの旅はさらに緊張を増していきます。

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