カルネ村
北の山での激闘を終えたハルトたちは、次なる目的地ルクシードを目指して東へと旅立つ。
途中で立ち寄った小さな村――カルネ村で耳にしたのは、森に潜む“赤い光”の噂。
穏やかな昼下がりに忍び寄るその不穏な気配は、次なる試練の幕開けを告げていた。
ラルティアの夜は静かに更けていった。
長吼との激闘を終えた街には、まだ戦いの熱がわずかに残りながらも、人々の生活の音が戻り始めていた。
ハルトたちは宿の灯の下で短い眠りにつき、疲れた体を癒やすと、夜明け前には再び旅支度を整えた。
――そして、夜明け。
城門の前には淡い霧が漂い、朝靄が石畳の上を静かに流れていく。
門番に軽く会釈を返すと、ハルトたちは東の街道へと足を踏み出した。
門を抜けると、世界は一面の銀に包まれていた。
朝露に濡れた草原が光を返し、遠くの丘の向こうには青く霞む森の稜線が連なっている。
昨日までの戦いがまるで夢のように思えた。
「次はエルナの街だ」
地図を広げたガルドが、指で街道をなぞりながら言う。
「二つの村を経由して三日ほど。補給を済ませたら、ルクシードへ向かう」
リーナが頷き、弓の弦を軽く確かめる。
「この辺りは魔獣の出没が多いらしいわ。森に入るまでは警戒を怠らないように」
ハルトは空を仰ぎ、流れていく薄雲を見つめた。
長吼の咆哮がまだ耳の奥に残っている。
だがその恐怖は、不思議と心の底で静かな力に変わっていた。
隣に並んだリュシエルが、柔らかな声で囁く。
「大丈夫。どんな道でも――私たちなら、きっと進めるわ」
ハルトは短く息を吐き、小さく頷いた。
仲間と共に歩む旅。
それは険しく、しかし確かに希望の灯をともすものだった。
やがて霧が晴れ、陽光が草原を照らし出す。
風が頬を撫で、遠くから見知らぬ鳥のさえずりが届く。
その声に導かれるように、ハルトたちは次なる街――エルナを目指して歩き出した。
――その先に、何が待つのかも知らぬまま。
* * *
正午が近づくころ、一行は小さな集落――カルネ村に辿り着いた。
石垣に囲まれた畑が広がり、陽光を受けて黄金色に揺れる。
子どもたちの笑い声が風に乗って響き、平穏な光景が広がっていた。
「水と食料を補給していこう」
ガルドの声に、リーナが頷く。
「この先の森は深い。装備を整えてから進むのが賢明ね」
井戸の冷たい水が桶を満たす。
ハルトが旅袋を締めながら、ふと空気の変化を感じ取った。
穏やかな村の表情の奥――どこか張り詰めた気配がある。
井戸端で水を汲んでいた年配の女性が、声を潜めて言った。
「……東の森で、最近、妙な影を見たというんです。
夜になると家畜が怯えて、柵の近くにも寄らなくなってね」
ガルドが眉をひそめる。
「魔獣か?」
「それが……わからないんです。
ただ、森の奥で“赤い光”が揺れるのを見た者がいるそうで……」
リュシエルが小さく息を呑んだ。
「赤い光……まるで、焔のような……」
その言葉に、ハルトの胸の奥で何かがざわついた。
北の山での戦いの記憶――青い炎、そして幻の背中。
あの時見た“影”が、一瞬脳裏をよぎる。
昼下がりの風がカルネ村を吹き抜け、白い洗濯布をはためかせた。
その風の中に、誰も知らぬ声が混じっていた気がして、ハルトは思わず振り返る。
だがそこに見えたのは、ただ穏やかな村の風景だけだった。
――それでも確かに感じる。
何かが、再び動き始めている。
ハルトは剣の柄にそっと手を添えた。
旅は続く。だがその足音の先に、また新たな試練が待っている。
ラルティアを後にし、いよいよ東の街道を進み始めた一行。
カルネ村で出会った“赤い光”の噂は、次なる戦いの前触れなのか。
静かな村に漂う違和感が、物語をさらに大きく動かしていきます。
次回、東の森で何が待ち受けるのか――ぜひお楽しみに。