長吼、北の峡谷に咆哮す
北の山々を震わせる“長吼”の咆哮――。
ラルティアでの合流を果たしたハルトたちは、クラン《灰岩の誓い》と共に岩鬼討伐へ向かう。
緊張と冷たい夜気に包まれた一行が、夜明けとともに歩み出す。
ギルドを後にした九人――ハルト、リュシエル、ガルド、リーナ、そしてクラン《灰岩の誓い》の五人は、夜風に揺れる街灯を背に静かな石畳を歩いていた。
昼の喧噪が嘘のように、ラルティアの通りは沈黙に包まれている。
遠く北の山並みが月光に淡い輪郭を描き、そのさらに奥――黒々とした森の深くで、何かがゆっくりと目を覚ましていた。
先頭を歩くダインが振り返り、短く言葉を落とす。
「夜は冷える。宿に戻ったらすぐに休め。明日は夜明けと同時に発つ」
ガルドが頷き、低く問い返した。
「依頼の魔獣――《岩鬼》。どんな奴だ?」
ダインの声が夜気に溶ける。
「山奥に棲む岩肌の巨躯。石を砕く腕力に加え、地を震わせる咆哮で仲間を呼ぶ。……最近、その群れを束ねる“王”が現れたと報告があった」
「群れを……率いる?」
ハルトが目を細める。
エマが弓を肩に掛け直し、月明かりを反射する緑の瞳を細めた。
「岩鬼は本来、単独で行動するはずよ。群れを導く個体が現れるなんて、数十年に一度の異変ね」
リュシエルの唇がわずかに震える。
「じゃあ今回の依頼は、その“王”を討つこと……?」
「そうだ」ダインは重くうなずいた。
「ギルドでは“長吼”と呼ばれている。咆哮ひとつで峡谷を崩すと言われる化け物だ」
その名を聞いた瞬間、夜の空気が張り詰めた。
胸の奥で、誰もが同じ想像をしていた――山そのものが怒りに目覚めたかのような怪物の姿を。
セオが小さく呪文を唱え、掌に風の灯をともす。淡い光が一行の足元を照らした。
「明日は本番だ。今夜は体を休めよう。疲れを残せば、奴の咆哮に足をすくわれる」
グロウは無言で頷き、星のない夜空を仰ぐ。その無骨な仕草だけで、覚悟のほどが伝わった。
そんな彼を見て、セオが苦笑する。
「グロウが黙ってる時ほど、本気で燃えてる証拠さ」
マリエルは短剣の柄に手を置き、冷えた夜気を読むように目を細めた。
「……明日の山は危険が多い。洞窟も崖道も、何が潜んでいるかわからないわ」
リーナは肩の力を抜き、小さく息をついた。
「それでも進むしかない。私たちの旅は、いつもそうだから」
仲間のやり取りに、ハルトの緊張が少しだけほぐれる。
だが胸の奥では、未知の強敵への予感が確かに脈打っていた。
――
翌朝。
薄明の光が山肌を染め、霧が金に揺らめく頃、一行は北の峡谷へと足を踏み入れた。
岩道には夜露が残り、足元で白い蒸気が立つ。
吹き下ろす風が、遠くから低い唸りを運んできた。まるで山そのものが息づいているようだった。
やがて、峡谷の入り口に差しかかった瞬間――大地が鳴動する。
岩の奥から放たれた重低音が空を震わせ、鳥たちが一斉に飛び立った。
地を裂くような咆哮が、霧を突き破る。
それは確かに、《岩鬼の王》――“長吼”の咆哮だった。
ダインが大剣を構え、短く命じる。
「全員、構えろ――ここからが戦場だ!」
ハルトは黎明の刃を抜き、光を反射する刃を握りしめた。
リュシエルの風が背を押し、ガルドが前へと歩を進める。
霧の向こうで、山の王がゆっくりと目を開けた。
――岩鬼との決戦が、いま始まろうとしていた。
ラルティアでの一夜から、ついに“長吼”との決戦の地へ。
《灰岩の誓い》の面々と共に挑む初めての大規模な戦いが幕を開けました。
それぞれの役割が交差する戦いの中で、ハルトたちはどのように力を発揮するのでしょうか。