白花へ向かう道
王都に戻ったハルトたち。
一息つく束の間、仲間それぞれが胸に抱える想いが静かに動き出します。
次なる旅路へ続く小さな転機の始まりです。
昼前。
ハルトとリュシエルはギルドを後にし、霧の薄い王都の通りを並んで歩いていた。
朝露を含んだ石畳が光を反射し、まだ世界が目を覚ましたばかりの静けさに満ちている。
ハルトは隣の彼女の表情を盗み見て、静かに問いかけた。
「……白花の草原へ、行くつもりなんだろ?」
リュシエルは足を止めずに小さく息を吸い、頷いた。
「ええ。これから行こうと思うの。」
「なら、俺も一緒に行く。ひとりで行かせるのは……ちょっと心配だしな。」
その言葉に、リュシエルの唇がわずかに柔らかくゆるむ。
「……ありがとう。」
石畳を踏みしめながら、二人は城門へと向かった。
まだ早朝の霧が残り、街の喧噪も届かない。
足元の夜露が光り、春の風がふと髪を撫でていった。
門の前では、荷を積み終えた行商人が馬に手綱を結んでいる。
年配の男が顔を上げ、目を細めてリュシエルに声をかけた。
「おや、嬢ちゃんじゃないか。……また白花の草原に行くのかい?」
リュシエルは少し驚き、すぐに柔らかく微笑んだ。
「はい。」
「なら、ちょうどいい。そっち方面まで行くから、途中まで乗っていきな。」
男は快活に笑い、荷馬車の後ろを手で叩いた。
「好きなところに座るといい。相変わらず揺れる道だが、まあ景色は悪くないさ。」
二人は礼を言い、荷台に腰を下ろした。
馬車が動き出すと、車輪の軋みがゆるやかに響き、春の風が頬をなでた。
リュシエルは黙ったまま、遠くの丘を見つめていた。
その瞳の奥に、懐かしさとわずかな痛みが滲む。
ハルトは隣で静かにその横顔を見つめた。
やがて丘のふもとに差しかかると、行商人が手綱を引く。
「ここまでだ。これ以上は馬が入りづらい。」
「ありがとうございます。」
リュシエルが深く頭を下げ、ハルトも軽く礼をする。
馬車が霧の向こうへ消えていく。
残された二人の前に、白く霞む草原がゆっくりと姿を現した。
陽光を受けて風に揺れる無数の白花が、地平まで続いている。
それはまるで、時を忘れた記憶の海のようだった。
――白花の草原。
リュシエルの胸に眠る、母の面影と女神の祈りが交わる場所。
その扉が、静かに開かれようとしていた。
ガルドの療養のあいだ、リュシエルとハルトの二人だけの小さな旅。
白花の草原に秘められた過去が、次回から少しずつ明らかになります。
この静かな章が、彼女の強さと心の源を描く鍵となります。