白花に呼ばれて
モルネの村を後にしたハルトたち。
黒羽との激闘を経て、それぞれが胸に様々な想いを抱えながら王都への帰路に就きます。
その中でリュシエルが口にした“訪ねたい場所”。
静かに始まる第二章への序章、過去へ続く道が開かれます。
夜明け前の空は、まだ群青の名残を湛えていた。
モルネの広場には焚き火の名残がほの白く漂い、灰の中から細い煙が立ちのぼる。
人々の疲れた寝息とともに、ようやく静寂が戻っていた。
包帯を巻いた左肩をそっと押さえながら、ガルドが立ち上がる。
その笑みには痛みが滲んでいたが、瞳の奥には確かな光が宿っていた。
「……ハルト、リュシエル。次の目的地へ向かうとき、俺と一緒に来てほしい。」
唐突な言葉に、ふたりは一瞬だけ顔を見合わせた。
ハルトが静かに頷く。
「もちろんだ。黒羽を追うなら、俺も行く。」
リュシエルもその瞳を柔らかく細めた。
「わたしにできることがあるなら、力を貸すわ。」
そのやり取りを見つめながら、リーナは弓を抱いたまま俯いた。
瞼の裏に、昨夜の光景が焼きついて離れない。
――自分の焦りが、仲間を傷つけた。
唇を噛み、かすかに声を震わせる。
「……わたし……。」
ガルドはその言葉を遮るように、静かに呼びかけた。
「リーナ。お前の弓と目が必要だ。俺たちだけじゃ、黒羽は追えない。一緒に来てくれ。」
リーナは息を呑んだ。
その瞳がかすかに揺れ、迷いの奥に光が差す。
「……わたしも行く。少しでも、みんなの力になりたい。」
ガルドは微かに笑い、東の空を見上げた。
夜の群青が薄れ、雲の切れ間から淡い光が差し始めている。
春の国での戦いは終わった――だが、黒羽の影はなお遠く、濃く続いていた。
――
朝日が森を照らすころ、四人はモルネを発った。
街道を南へ、王都を目指す馬車の車輪が静かに泥を蹴る。
まずは、ガルドの傷を癒すことが最優先だった。
ハルトは窓の外に流れる景色を眺めながら、胸の奥に重く残る焦燥を抱えていた。
バルドス――碧刃。その圧倒的な力の記憶が、まだ体の奥で疼いている。
どうすれば、あの剣に立ち向かえるのか。
答えは出ないまま、ただ静かに拳を握りしめた。
対面の座で、リュシエルは黙したまま外を見つめていた。
どこか遠くに心を置いてきたようなその横顔に、ハルトは思わず声をかける。
「……何か、考えてるのか?」
リュシエルは少しだけ目を伏せ、やがて柔らかく答えた。
「訪ねたい場所があるの。」
その声は、どこか懐かしい響きを帯びていた。
ガルドが片眉を上げる。
「訪ねたい場所?」
リュシエルは静かに頷く。
「――白花の草原。王都で治療が済んだら……そこへ行きたいの。」
その名を聞いた瞬間、ハルトの胸の奥がわずかに熱を帯びた。
「……あの場所か。俺が初めて、リュシエルと出会った――。」
リュシエルは微笑みを浮かべる。
「ええ。あの風と光を、もう一度だけ見ておきたいの。……旅立つ前に。」
その言葉には、懐かしさと、どこか別れを思わせる静かな決意が滲んでいた。
ガルドもリーナも、言葉を挟まず耳を傾ける。
朝の風が馬車の窓から流れ込み、どこかで咲く白い花の香りを運んでくる。
リュシエルの髪がふわりと揺れ、淡い陽の光を受けて透き通った。
――まるで、旅の始まりと終わりを繋ぐ約束のように。
春の国編がひとまず区切りを迎え、物語は次の舞台へ。
リュシエルが示した白花の草原――そこに眠る過去と記憶が、彼女だけでなく仲間たちの旅にも大きな意味をもたらしていきます。
ここから物語は、光の国編へとつながっていく予定です。