揺らぐ光、東への道
春の国での激闘を終えたハルトたち。失われた命はなかったものの、戦いが残した心の傷は深いままです。
焚き火の明かりの中、それぞれが己の未熟さと向き合いながら、次なる旅路――光の国ルクシードへ向けて歩みを決意します。
夜のモルネは、ようやく静けさを取り戻していた。
焼け落ちた家々から漂う焦げた匂いはまだ残るが、広場には井戸の水が満たされ、人々が互いに肩を支えながら片付けを進めている。
痛みと安堵が混じるその空気の中、焚き火の炎だけが夜を照らしていた。
四人はその焚き火を囲み、言葉少なに座っていた。
火の粉が舞い、薪のはぜる音が静寂を刻む。
リーナは膝の上で拳を握りしめ、唇を震わせた。
「……ごめん。わたしがあんなふうに突っ走らなければ、ガルドが……」
声は掠れ、風にかき消された。
だがガルドは静かに首を振る。左肩を包む包帯には赤い滲みが広がっている。
「責めるな。お前だけのせいじゃない。俺も、あいつを――碧刃を甘く見た。それだけのことだ。」
低く、しかし確かな響き。
炎がその言葉に応えるように、揺らめいた。
ハルトは焚き火を見つめながら、拳を膝の上で固く握った。
リーナを止められなかったこと。
ガルドを守り切れなかったこと。
戦いの最中、何かが自分の中で“動いた”ような感覚があったのに、それを掴めなかった。
――あの剣を前にした時、心の奥で確かに何かが共鳴していたのに。
リュシエルが短く息を吐き、小刀をそっと膝に置いた。
「碧刃は、必ずまた現れるわ。あの力は一度きりじゃ終わらない。」
その声に、リーナは顔を上げる。
「二度と同じ過ちはしない。……次は、絶対に守る。」
その瞳に宿るのは、後悔ではなく決意だった。
ガルドがその横顔を見て、小さく頷く。
「そうだ。今度は負けられん。どんな敵であろうと、立ち向かう力を――身につけねばならん。」
焚き火がぱちりと弾け、夜空に火の粉が散る。
星は見えない。だが、暗闇の奥に何か新しい光が芽生えている気がした。
その時、井戸の脇から老人の声が響いた。
旅装束の老人が歩み寄り、焚き火の光に照らされた皺深い顔に穏やかな笑みを浮かべていた。
「……東のルクシード聖国をご存じかね。女神の光が降り注ぐ国じゃ。だが近ごろは、光が揺らいでおる。祈りが届かぬ夜が増えていると聞いた。」
その言葉に、リュシエルの瞳が微かに揺れる。
「女神の光が……揺らぐ?」
老人はゆっくりと頷き、夜風に白い髭を揺らした。
「黒い羽根を見たという話もある。春の終わりとともに、光の国にも闇が忍び寄っているのじゃろう。」
静寂が戻る。
だがその沈黙の中、四人の胸にはひとつの想いが同時に芽生えていた。
――次に向かうべき場所が、はっきりと見えたのだ。
ハルトは剣の柄に手を添え、無言のまま空を仰ぐ。
モルネでの悔しさが、再び胸の奥で燃え上がる。
黒羽の闇はまだ終わっていない。
そして、自分の失われた記憶も――きっと、そこに繋がっている。
「……次は、光の国か。」
ガルドが立ち上がり、東の空を見やる。
夜風が焚き火の煙を押し流す。
東の空には、かすかな白明かりが差し始めていた。
それは夜明けの兆しであり、次なる旅路の始まりでもあった。
四人は焚き火を背に、光を待つ空を見上げた。
揺らぐ炎の中で、それぞれの胸にひとつの誓いが灯る。
――光の国ルクシードへ。
女神の光が揺らぐその地で、再び運命が交わることを、誰もが感じていた。
春の国編はこれで一区切りとなります。
ハルトたちはそれぞれ心に新たな誓いを抱く
いよいよ新章開幕リュシエルの過去へせまります。
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