碧刃との邂逅
北の霧深い森で、ついに碧刃バルドスとの対峙。
ガルドの過去が、黒羽との因縁が、静かに刃を交わす音の中で暴かれていきます。
そして仲間たちは、それぞれの決意を試される――。
霧の森は、すでに夜の気配を孕んでいた。
北へ続く街道は次第に細くなり、苔むした石畳の上に枯葉が積もっている。
冷たい風が吹き抜けるたび、焦げた鉄の匂いが漂い、胸の奥で不吉な鼓動が鳴った。
「……足音が多い。」
リュシエルが耳を澄ませて囁く。
次の瞬間、霧の奥で――碧い炎がゆらりと揺れた。
風が止み、森全体が息をひそめる。
淡く揺れる炎の向こうに、ひとつの影が現れる。
蒼白の鎧を纏い、異形の大剣を手にした長身の男。
その剣には、碧の炎と紅の氷が絡み合い、あり得ぬ矛盾を宿していた。
「……バルドス。」
ガルドの低い声が、静寂を裂いた。
男――碧刃はかすかに笑む。
「久しいな、ガルド。かつて帝国の盾と呼ばれた男が、今は女神の犬か。」
碧炎のゆらめきが周囲の霧を焼き、同時に凍らせる。
その異様な力に、木々が悲鳴のような音を立てた。
ガルドは剣を構え、短く命じる。
「下がれ。ここは俺が――」
その言葉を遮るように、リーナの叫びが響く。
「黒羽……ッ!」
憎しみが理性を突き破り、リーナは弓を引いた。
放たれた矢が光を切る――だが、碧炎がひと閃。
矢は灰となって散り、霧の中に消えた。
碧刃の双眸が、リーナを捕らえる。
次の瞬間、異形の大剣が音もなく振り下ろされた。
「リーナッ!」
ガルドが飛び出す。
金属がぶつかる轟音と共に、氷と炎が爆ぜた。
ガルドの体が弾き飛ばされ、血が霧に散る。
胸を深く裂かれ、片膝をつきながらも、ガルドは剣を地に突いて体を支えた。
「……下がれ、リーナ。」
その声はかすれ、霧に溶けた。
リーナの顔が恐怖と後悔に染まる。
碧刃が冷ややかに呟く。
「情けを捨てた今、俺を止められる者などいない。」
ガルドは血を拭い、なおも剣を構えた。
琥珀の瞳が、かつての友を真っ直ぐに射抜く。
「……それでも、俺はお前を止める!」
長剣が閃き、力任せに突進する。
氷炎の大剣と激突――森が震え、地面が凍りつきながら灼け裂けた。
耳をつんざく衝撃。
それでも、ガルドは退かない。血を滴らせながら、剣を振り続けた。
碧刃は片腕で受け止め、僅かに眉を動かす。
「その執念……昔のままだな。」
再び氷炎が渦を巻き、爆発的な衝撃が霧を吹き飛ばす。
ハルトとリュシエルは身を伏せ、リーナは息を詰めたまま動けない。
ガルドは最後の力を振り絞り、一撃を叩き込む。
だが、碧炎の壁が立ちはだかり、刃は届かない。
大剣が閃く――。
金属が砕ける音。
ガルドの剣が弾かれ、膝が地に沈む。
「……やはり、まだその程度か。」
碧刃の声は、氷よりも冷たく響いた。
それでも、ガルドは顔を上げる。
「お前を……これ以上……好きにはさせん!」
その瞳には、敗北を拒む光が宿っていた。
バルドス――碧刃は、剣を引き、霧に背を向ける。
「今は終わりだ。次はない――その時、すべてが終わる。」
碧炎の残光を残し、彼の姿は闇へと溶けていった。
凍りついた地に、冷たい風が吹き抜ける。
リーナは震える手でガルドを抱き起こし、声を詰まらせた。
「わたしのせいで……あなたが……。」
ガルドは薄く笑みを浮かべ、掠れた声で応えた。
「仲間を守っただけだ。……悔やむな、リーナ。」
リュシエルが短剣を握りしめ、ハルトは静かに拳を握った。
胸の奥で、封じられた何かが確かに軋んだ。
――この手が覚えている。
誰かを、守るために振るった剣の感覚を。
霧の森を、夜が完全に呑み込んだ。