碧刃
モルネで見た惨状を背に、ハルトたちは霧深い街道を北へ――。
ガルドの過去と、黒羽の幹部「碧刃バルドス」の名がついに明かされます。
旧き戦友と再び刃を交える運命が、彼らを次なる試練へと導いていきます。
モルネの村を後にした四人は、北へと続く古い街道を進んでいた。
灰雲に覆われた空の下、風は冷たく湿り、焦げた土と血の匂いが微かに漂っている。
村の焼け跡が、いまだ胸の奥で燻っていた。
ハルトは黙って歩を進め、やがて低く問いかけた。
「……あの“碧刃”って、本当にガルドの知り合いなのか。」
先頭を歩くガルドは、短くうなずいた。
「バルドス。帝国騎士団で共に剣を学び、戦場を渡り歩いた男だ。
俺が最も信じていた戦友だった。」
リュシエルが足を止め、表情を曇らせる。
「そんな人が……黒羽に入るなんて。」
しばし、霧の中を風が抜けた。
ガルドは遠くを見つめるように、低い声で続ける。
「帝国で反乱が起きたとき、あいつは王命に背いた。
仲間を救うためにな。だが、王はそれを裏切りと断じ、処刑命令を下した。
……その日を境に、バルドスは姿を消した。帝国も、女神も、すべてを捨ててな。」
リーナが静かに呟く。
「守ろうとしたのに、裏切り者にされたんだね……。」
ハルトは視線を上げ、真っすぐガルドを見た。
「それでも、戦うのか。昔の仲間と。」
ガルドの表情が一瞬だけ揺れた。
だがすぐに、琥珀の瞳が再び鋭く光を帯びる。
「戦わねば、また誰かが犠牲になる。
過去に縋るより、今を守ることが騎士の務めだ。」
その言葉には、痛みを押し殺した強さがあった。
リュシエルは静かに短剣に手を添え、ガルドの覚悟を受け止めるように頷く。
「……なら、わたしたちも共に行く。」
リーナも弓を握り直し、霧の向こうを見据えた。
「黒羽の動き、早すぎる。モルネだけじゃ終わらないよ。」
その時、灰雲の切れ間から、一筋の光がこぼれた。
だがそれは儚く、すぐに北から吹く冷たい風にかき消された。
やがて、前方の霧の中から馬の嘶きが聞こえた。
街道の先では、旅商人らしき一団が荷車を慌ただしくまとめている。
ガルドが声をかけると、年配の商人が血相を変えて駆け寄った。
「あなたたちも北へ? やめておきなさい! 森の奥に……碧い炎を纏った剣士がいたんだ。
兵を従えて、まるで地獄の使いのようで……!」
男の声は恐怖に震えていた。
ハルトの背筋を、冷たいものが這う。
――碧い炎。あの老人の言葉が蘇る。
ガルドはわずかに目を伏せ、短く言った。
「……情報を感謝する。すぐに南へ退避しろ。」
商人たちは頷き、荷車を押して霧の中へと消えていった。
静寂が戻ると、ガルドは仲間たちへ向き直る。
「バルドス――いや、“碧刃”はこの先にいる。」
リュシエルが息を詰める。
「罠かもしれない。」
「それでも行く。」
ガルドの声は、揺るぎなかった。
「彼を止められるのは、俺たちしかいない。」
リーナは小さく息を吐き、弓を背に掛け直す。
「なら、わたしも一緒に行く。黒羽を放ってはおけないから。」
ハルトも長剣に手を添えた。
モルネで見た惨状と、胸の奥にうずく記憶の断片が、静かに心を燃やしていく。
――逃げるわけにはいかない。
この霧の先で、すべてが繋がる気がした。
北の森を包む霧が、ゆっくりと流れる。
四人の影はその中へと溶け、やがて碧く揺らめく光の気配へと消えていった。
ガルドが語ったのは、かつて肩を並べた戦友バルドスの真実。
彼の決意と苦悩、そして黒羽の動きが次第に現実味を帯びてきました。
霧の森で待つ“碧刃”との邂逅――春の国編はいよいよ緊張を増していきます。
次回、ついに彼らと黒羽の刃が交わる時が訪れます。