揺れる因縁
黒羽の襲撃を受けたモルネ村。
残された言葉は「碧刃が道を拓く」。
ガルドの胸に去来する過去――封じてきた因縁が、ついに姿を現し始めます。
長い霧の道を抜けた先――そこにあったのは、静まり返った廃墟のような村だった。
モルネ。つい昨日まで穏やかな交易の集落だったはずのその場所は、まるで時間ごと焼き尽くされたかのように荒れていた。
家々の壁には黒い煤がこびりつき、倒れた荷車は木屑と化して道端に転がる。
瓦礫の隙間からは、焦げた穀物の匂いと血のような鉄の臭いが混ざって漂っていた。
ハルトは言葉を失い、ただ長剣の柄を強く握りしめた。
その傍らでリュシエルが静かに息を吐く。
「……黒羽が、ここまで。」
リーナは震える手で弓を押さえ、目を伏せた。
「許せない……。人の命まで、遊びみたいに踏みにじって……。」
ガルドだけが黙って前を歩き、村の中央――壊れた井戸の前で足を止めた。
そこには、白髪の老人が膝を抱えて座っていた。
煤で汚れた顔に、ただ深い疲労の色だけが残っている。
ガルドは膝を折り、低く問いかけた。
「……何があった?」
老人はゆっくりと顔を上げ、四人を見渡した。
その目がガルドの顔で止まると、わずかに光が宿る。
「夜明け前じゃ……。黒い羽根をまとった連中が現れて、村を焼いた。
物資を奪い、逃げる人間を笑っていた……。
そして、去り際にこう言い残したのじゃ。」
老人の声は震えていたが、その言葉だけははっきりとした。
「――“碧刃が道を拓く”と。」
沈黙が落ちた。
風が焼け跡を吹き抜け、灰がふわりと舞う。
「碧刃……。」
ガルドが小さく呟く。その声は、鋼のように冷たく震えていた。
ハルトは彼を見つめた。
その表情に、初めて“戦士ではなく一人の人間”としての痛みが浮かんでいた。
「ガルド……知っているのか?」
琥珀色の瞳が、ゆっくりと霧の向こうを見据える。
「……かつての仲間だ。帝国騎士団の頃、同じ誓いを立てた男だった。
だが、王命に背き――仲間を裏切り、姿を消した。」
拳を握る音が聞こえた。
「今の名は“碧刃”。黒羽の幹部として、氷と炎を操る大剣を振るう。」
その名を口にするたび、ガルドの声は低く沈み、苦しみを滲ませていた。
リュシエルは唇を引き結び、短剣を見下ろす。
「黒羽が本気で動いている……。目的は、ただの略奪じゃない。」
リーナが青ざめた顔で呟く。
「次は……他の街かもしれない。あの光の広がり方……まるで災いそのもの。」
灰色の雲が空を覆い、日差しの欠片すら届かない。
その静寂の中、ハルトは剣を見つめ、心の奥底で何かが呼び覚まされるのを感じた。
――黒羽。碧刃。失われた記憶。
それらが一筋の糸で、確実に自分へと繋がっている気がした。
「行こう。」
ハルトの声は低く、だが揺るぎなかった。
「このまま放っておけない。」
ガルドがゆっくりと頷く。
その横顔には、かつての仲間と再び刃を交える覚悟が刻まれていた。
灰の舞うモルネの空の下――
四人の影が、再び霧の中へと溶けていった。
ガルドの旧き戦友「碧刃」。
氷と炎を操る異形の剣士。その存在が、黒羽の脅威をより鮮烈に浮かび上がらせます。
次回、ガルドの決意が試される時が近づきます。