霧の中の影
モルネへの街道を進む四人を、灰色の霧と冷たい風が包み込みます。
ガルドの警戒を背に、ハルトたちは黒羽の気配を探りますが――霧の中に潜む影が、ついに牙を剥く。
黒羽との初めての直接的な交戦が、静寂を裂きます。
モルネへ続く街道を、灰色の霧がゆっくりと飲み込んでいく。
木々の間を抜ける冷気が頬を刺し、馬の吐く息が白く揺らめいた。
先頭を進むガルドが手綱を引き、低く声を落とす。
「ここから先は森だ。黒羽が潜んでいる可能性がある。気を抜くな。」
その声音に、リュシエルが無言で頷く。
腰の短剣に指が触れ、刃の奥で淡い光が脈打つ。
女神の加護が、見えぬ闇を警告しているかのようだった。
リーナはフードを少し整え、緊張を押し隠すように息を吸った。
「……空気が変わった。誰かいる。風の流れが違う。」
その言葉に、ハルトも馬を止める。
視線を霧の奥に向けると――枝を踏みしめる微かな音。
風にしては重く、意志を持った動きだった。
次の瞬間、霧を裂いて黒い影が飛び出した。
漆黒の外套をまとった三つの人影。
肩口で黒い羽根が揺れ、刃が月光のように閃く。
「黒羽……!」
リーナが息を呑んだ。
一人がハルトめがけて突進する。
鋭い刃が閃き、反射的にハルトの長剣がそれを受け止めた。
金属が火花を散らし、衝撃が腕を貫く――だが足はぶれない。
体が自然に動く。頭で考えるより早く、剣が敵の動きを読んでいた。
ガルドがすかさず踏み込み、大剣を振り抜く。
重い一撃が空気を裂き、敵のひとりを木の幹へ叩きつけた。
呻き声が霧の中に溶けて消える。
「……来る!」
リュシエルが叫び、短剣を抜く。
刃が白い光を帯び、女神の祈りが風に響く。
その一閃が黒羽の短剣を弾き飛ばし、残光が霧を裂いた。
怯んだ最後の一人が、すぐさま身を翻す。
ガルドが追おうとした瞬間、霧が急激に濃くなり、視界を奪った。
黒羽の姿は闇に溶け、気配すらも消える。
静寂。
ただ、風に乗って舞い落ちる黒い羽根だけが残っていた。
リーナがその羽根を拾い上げ、指先でそっと握りしめる。
「やっぱり……近くに巣がある。モルネを狙ってる。」
ハルトは長剣を下ろし、息を整えながら言った。
「これが、黒羽のやり方なのか。」
ガルドは頷き、琥珀色の瞳を霧の奥へ向ける。
「偵察だ。奴らは恐怖を先に撒く。モルネはもう、標的にされている。」
リュシエルが短剣を収め、静かに息を吐く。
「急がないと……。村が危ない。」
リーナは羽根を強く握り、真っすぐ前を見た。
「ここで止める。絶対に。」
霧がまた流れ、森の奥を覆いつくす。
四人の瞳に宿る決意だけが、白い闇の中で確かな光となっていた。
黒羽との初遭遇、いかがでしたでしょうか。
ハルトたちが初めて敵の刃を真正面から受け、そして女神の刃も初めて戦場に光を放ちました。
霧の中での戦いは、これからの物語の緊張をさらに高めてくれるはずです。
次回、彼らがモルネで目にするものは――さらなる不穏の兆しかもしれません。
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これからもハルトとリュシエルの旅路を見守っていただければ嬉しいです。