金髪と翡翠
黒羽の影が街道に迫る中、ハルトとリュシエルの前に現れたのは、昨夜の酒場にいた金髪の少女――リーナ。
彼女の手にある一枚の黒い羽根が、さらに不穏な気配を帯びていた。
新たな出会いが、物語にどんな波紋を広げるのか。
モルネへと続く街道は、灰色の雲に覆われた空の下、冷たい風にさらされていた。
枯れ枝を揺らす風が、白い霧を巻き上げ、景色をぼんやりとかすませていく。
蒼風ギルドを出発したハルトとリュシエル、そしてガルドの三人は、北西の街道を進んでいた。
やがて林の入り口に差しかかったとき、ガルドが手綱を引き、馬を止める。
「……視界が悪い。ここで一度確認だ。」
霧は深く、数歩先の影さえ曖昧に溶けていた。
その時――薄闇の奥に、ひとりの小さな影が立っているのが見えた。
風にあおられたフードの裾。
その下から、淡い金の髪がわずかに覗いている。
ガルドが低い声で警告を放つ。
「そこにいるのは誰だ。」
影はびくりと肩を震わせ、ゆっくりと顔を上げた。
霧の中で、翡翠の瞳が淡く光を返す。
「昨日……酒場の隅にいらした方ですよね?」
鈴のように澄んだ声が、静かな霧を震わせた。
どこか怯えを含みながらも、その瞳はまっすぐだった。
ハルトはその顔を見て、記憶をたぐる。
――そうだ。昨夜、酒場の片隅でこちらを見ていた少女だ。
「酒場で見かけた……君か。」
少女は小さく頷いた。
「私はリーナ。昨日、あなたたちの話を少し聞いて……気になっていたの。」
リュシエルが一歩前に出て、警戒を解かぬまま問いかける。
「こんな霧の中で、何をしているの?」
リーナは息をのみ、街道脇の草むらを指さした。
そこには、踏み荒らされた草の上に黒く焦げたような羽根が一枚――風に転がっている。
「これを見つけたの。」
彼女は指先で羽根を拾い上げる。
その黒は、まるで光を拒むかのように深く沈んでいた。
ハルトの胸がひやりと冷える。
あの黒羽の印――ギルドで見た、不吉な闇の象徴だ。
リュシエルも表情を曇らせ、静かに言葉を落とす。
「……やっぱり、黒羽が近くまで来ている。」
リーナは一瞬だけ瞳を伏せ、それから決意を宿したまま二人を見つめた。
「わたしも黒羽を追っています。理由は……今は言えません。
でも、あなたたちと同じ敵を見ている。」
灰色の空の下、冷たい風が三人の間をすり抜けていく。
霧が足元を包み込み、遠くで馬のいななきが響いた。
ハルトは静かに長剣の柄を握りしめる。
黒羽の影――それは、確実にこの地へと迫っていた。
その気配を、誰もが肌で感じていた。